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”夢は人生を連れていく” 最終章−1  博士号が、新しい世界を広げ始めた

”夢は人生を連れていく” 最終章−1
最終章−1 博士号の先に見えてきた新しい世界

博士号を取得したことで、
私の周囲の景色は静かに変わり始めていた。
研究そのものは、
それまでと何も変わらない。
相変わらず毎日研究テーマを考え、
大学との共同研究を進め、
研究所の運営に追われる日々だった。

だが、博士号という肩書きは、
研究の世界において
一つの“通行証”の様な役割を持っていた。
それまで以上に、
多くの大学の先生方や企業の人々と
接触し、議論を交わす機会が増えた。
学会や異業種交流会でも
声をかけられることが多くなっていった。
必然的に、
研究室という小さな世界だけでなく、
研究者同士の広いネットワークの中で
物事を考えるようになっていった。

そんな交流を続けていく中で、
私はあることを考えるようになっていた。
それは、
「研究成果は、もっと社会に役立つ形で
届けることができるのではないか」
という思いだった。
当時、大学の研究の多くは、
論文として発表されることで
その役割を終えるものが多かった。
もちろんそれは、
学問として極めて重要なことだ。
だが私は、
企業の研究所に身を置いていた。
研究成果が、
実際の製品となり、
社会に役立つ形で広がっていくことに
強い魅力を感じていた。

そんな中で、
私の頭の中に
ある一つの構想が浮かび始めていた。
それは、
健康食品の原料を
バイオ技術で生産するという発想だった。
当時、健康食品という分野は
まだ今ほど大きな産業ではなかった。
だが私は、
将来必ず成長する分野になると感じていた。

そしてもう一つ、
研究者としての直感があった。
天然素材、特に食の素材の中には、
まだ十分に利用されていない
価値ある成分が数多く存在している。
もしそれらをバイオ技術によって
安定して原料生産できるようになれば、
それは新しい産業になるかもしれない。
しかし、私が所属していた食品会社は、
この分野にはほとんど関心を示さなかった。
会社としては、
既存の食品事業の拡大が
最も重要なテーマだったからだ。
それは企業として
当然の判断だったと思う。

だが、私の頭の中では
その構想が消えることはなかった。
研究を社会に届ける方法は、
本当に一つしかないのだろうか。
そんな思いが心のどこかに
静かに残り続けていた。
そして数年後、
思いがけない一本の電話が、
私の人生を大きく動かすことになる。
それは、アメリカに住んでいる
年上の従兄弟からの電話だった。

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