どんなに良いものも、伝える人がいなければ広がらない。
イエス・キリストは、その教えを
自らの声だけで世界に広めようとは
しなかった。
12人の弟子を選び、
彼らを伝道師として世に放った。
その結果、二千年余の時を経て、
その教えは今や世界人口の3割を
超える人々に届いている。
もし、あの最初の12人がいなかったら・・
どれほど崇高な教えであっても、
歴史の片隅に埋もれていたのかもしれない。
どんなに良い思想も、
どんなに優れた技術も、
「伝える人」に出会えなければ広がらない。
それは真理だと思う。
私自身、20世紀の終わり頃から、
自分の手で創り上げた原料や技術を、
「世のため、人のために役立てたい」
という一心で、世に送り出してきた。
だが振り返れば、
その多くは私一人の力だった。
自ら語り、説明し、説得し、歩き回る。
それなりに広がりはしたが、
心のどこかで、ずっと思っていた。
・・・まだ理想には届いていない、と。
12人の弟子に相当するような存在。
共に語り、共に信じ、自分以上の熱量で
伝えてくれる人との出会いが、
長い間、無かったのだ。
そんな中、2025年が終わろうとする頃、
思いがけない出会いが訪れた。
私の話を聞きつけ、
わざわざ駆けつけてくれた一人の人物。
これまで積み重ねてきた技術、
製品に込めた思想、
そして私の歩んできた道のり・・・
その全てに、心からの共感を示してくれた。
「これは、私が伝えたい」
そう言って、
自ら伝道師のような役割を
担う決意をしてくれた。
四半世紀にわたって、
その人の耳に私の存在が
届いていなかったことには
正直、驚きもした。
だが今になって思えば、
それもまた、
最良のタイミングだったのだろう。
日を追うごとに、
確かに“伝わっている”実感がある。
私一人では届かなかった場所へ、
私以上の言葉で、想いが運ばれていく。
長い年月をかけて歩んできた道と、
その先に生まれた成果物が、
これから静かに、しかし確実に、
世界へ広がっていく・・・
そんな確信を、今、私は持っている。
ぶれずに、実直に、
ただ信じた道を歩き続けてきた。
だからこそ、
この出会いがあったのだと思う。
そしてこの出会いは、
過去の集大成であると同時に、
新たな技術開発への
確かな始まりでもある。
伝える人に出会う。
それは、志が次の時代へ
手渡される瞬間なのかもしれない。
