狭い道ですれ違う、その一瞬に。
日本の道路は、総じて狭い。
私の東京の自宅前は一方通行だし、
軽井沢の別荘の周辺も、
車同士がすれ違うには、
どちらかが敷地に
寄らなければならない場所が多い。
特に東京都内は、一本裏道に入った途端、
道幅がぐっと細くなる。
そんな狭い道を運転している時、
前方に人の姿を見かけたら、
私はできる限り減速する。
そして、立ち止まって道を
譲ってくれた方には、
窓を少し開けて
「すみませーん」
「ありがとうございます」
と声を出したり、
運転席から大きめのジェスチャーで
感謝を伝えるようにしている。
その時の人の反応は、実にさまざまだ。
「減速してくれてありがとう」
「そう言ってもらえて嬉しい」
言葉にはならないが、
そんな気持ちが伝わってくる表情を
向けてくれる人もいれば、
「早く行けばいいのに」
「なんでこんな道に車が来るんだ」
同じく言葉にはならないが、
不快さを隠そうとしない態度を
見せる人もいる。
この場面は、
私が歩行者の側になることも少なくない。
少なくとも私は、
運転手の気持ちが分かる
当事者だと思っている。
だから、歩いていて
前方から車が来るのに気づいたら、
電柱の陰に立ち止まったり、
人の家の敷地に片足だけ踏み込んで、
道を空けることが多い。
その時の運転手の反応も、
やはりさまざまだ。
「止まってくれてありがとう」
「急いでいるところ、すみませんね」
そんな言葉はなくても、
ハンドルを握りながら
軽く頭を下げ、微笑んでくれる人がいる。
一方で、こちらを一瞥することもなく、
当然のように通り過ぎていく人もいる。
歩行者が道を譲るのは当たり前、
そんな空気だけを残して。
ほんの一瞬の出来事だ。
だが、その一瞬に、人の余裕や、
人との距離感が、はっきりと表れる。
狭い道路の多い、この日本社会。
車同士でも、
車と人でも、
人と人でも。
譲り、譲られたその瞬間に、
少しだけ気持ちのよい応答を交わせたら・・
それだけで、道の空気は、ふっと和らぐ。
クラクションも、睨み合いも、
言葉にしない不満も必要なくなる。
ほんの一礼、
ほんの一声、
ほんのひとつのジェスチャー。
それだけで、狭い道は、
通り抜けられる場所になる。
この社会も、同じなのかもしれない。
狭さを嘆くより、
先に譲り、先に伝える。
私は、次にまた狭い道で人と出会ったら、
今日も変わらず、
減速し、礼を伝え、
その場を通り過ぎることだろう。
それが、私なりの、
この狭い道との付き合い方だから。
