『次郎長三国志 第八部 海道一の暴れん坊』(1954年6月8日・東宝・マキノ雅弘)
『次郎長三国志 第八部 海道一の暴れん坊』(1954年6月8日・東宝・マキノ雅弘)。これはシリーズとしても、独立した一本の映画としても傑作。天才俳優・森繁久彌が人気コメディアンから実力派俳優に大きく飛躍したエポックメイキングでもある。

第二作『次郎長初旅』のラストに登場した森繁久彌の森の石松は、喧嘩っ早くて、情け深い。心根は優しくて、少しおっちょこちょい。小泉博の追分三五郎と、ボブ・ホープとビング・クロスビーのような腰抜けコンビでシリーズに「現代的な笑い」をもたらしていた。
この第八作では、その森の石松をフィーチャーして「金毘羅代参道中」を描いていくが、マキノ雅弘は「森繁久彌の映画」として取り組んで、それゆえ奇跡の一本となった。
村上元三の原作から離れ、石松と金毘羅の遊女・夕顔(河合玉江)の恋、道中で出会った小政(水島道太郎)との友情、そして何より重要なのは、近江の親分・見受山鎌太郎(志村喬)と石松が互いに惚れ合い、人間として、渡世人として石松が大きく成長する。脚本は小川信昭と沖原俊哉。
ベテラン志村喬は、この年、黒澤明の『七人の侍』で勘兵衛を演じて世界的な評価を受ける。ここで、森繁久彌は志村喬とガップリ組んで、たっぷり芝居場を展開。そのリアクションのひとつ、ひとつが見事で。「馬鹿は死んでも直らない」の石松の人間的な成長をきちんと見せてくれる。
清水一家は、亡くなった次郎長の妻・お蝶と子分の豚松の法要を営む。そこへ百姓の姿をした身受山の鎌太郎親分(志村喬)がやってきて、香典として五両を置く。それを見た森の石松(森繁久彌)は、見栄を張って勝手に「二十五両」と書き換えて貼り出す。
これが二人の出会い。最初、法印大五郎(田中春男)は、鎌太郎の身分を知らずに、存外に「オッサン」呼ばわりする。石松とて「可哀想な田舎の親父」程度に足元を見る。これはシリーズ第八作『男はつらいよ 寅次郎恋歌』(1971年・松竹・山田洋次)などで、志村喬演じる博の父と、寅さんの出会い、その後の深い関係と同じ。名優・志村喬なればこそ!
さて、法要が終わったあと、次郎長は愛刀を讃岐(香川県)の金比羅様へ納めるため、石松を代参に指名。石松は、沼津の佐太郎(堺三千夫)仲間たちから旅費として集めてもらった「八両二分」を懐に入れ、旅に出発する。
ここで森繁久彌の歌に、コーラスが追いかけてゆく。ミュージカル映画のような高揚感が味わえる。
旅の途中で石松は、浜松の政五郎(水島道太郎)というヤクザ者と出会い意気投合。政五郎から惚気話を聞かされた石松は、無事に金比羅様への用件を済ませたあと、つい色街へと足を向ける。
そこで石松は、夕顔(川合玉江)という美しい遊女に出会います。夕顔の寂しげな瞳にひと目惚れした石松は、懐のお金をすべて使い果たして彼女の元に長居してしまいます。いよいよ別れの時、夕顔は「清水に着いたら読んでほしい」と、自分の本心を綴った手紙を石松に手渡す。
川合玉江は、東宝のスペクタクル時代劇、戦前の『戦国群盗傳』(1937年・滝澤英輔)の頃から、助監督の黒澤明やスタッフたちが常宿にした御殿場館の娘。そ女学校を卒業後、黒澤明、池部良の推薦で第1期東宝ニューフェイスで東宝に入社[2]。同期に久我美子、若山セツ子らがいる。
このとき、すでに再開日活への移籍が決まっていたが、プロデューサーの本木荘二郎らのラブコールで夕顔役に抜擢。彼女ではないと出せない色香、儚さ、石松への愛情を見事に醸し出して、代表作となった。
さて、清水へ戻る途中、石松は近江(滋賀県)にいる身受山の鎌太郎の家を訪ねる。鎌太郎は、法要のとき石松が見栄を張って足した分の二十両をわざわざ用意して待っており、石松に手渡して義理を果たす。
この鎌太郎の家で、石松は鎌太郎の愛娘であるおみの(青山京子)たちとも顔を合わせる。その際、石松は夕顔からの手紙をうっかり落としてしまい、鎌太郎に読まれてしまう。手紙には、夕顔の親も博徒であり石松と同じような境遇で育ったこと、そして石松を心から愛していることが書かれていた。
この手紙を読むシーンの森繁久彌のリアクションは抜群。まさに至芸である。のちの渥美清たちが、この森繁の芸をかなり意識していることがわかる。
最初は鎌太郎が読んでいたが、夕顔のやくざの父と遊女の母の顛末が、身につまされ、また、夕顔の石松への愛に触れて、読めなくなり、おみのが代読する。
おみの役の青山京子は1952年、丸山誠治『思春期』オーディションで東宝入り。この頃は、青春スターとして活躍していたが、実に可憐。
このシークエンスはのちの「男はつらいよ」シリーズに通じるものがあり、遅れてきた世代にはまさに「珠玉」のような名場面になっている。
それまで自分の命を粗末に扱ってきた暴れん坊の石松でしたが、「自分を待ってくれる女がいる」と知り、初めて自分の命を大切にしようと心に誓う。まさに石松が人間として開眼する。鎌太郎もその恋に同情し、夕顔を身受けして石松の妻にしてやろうと約束。
その後、石松は幼なじみの小松村七五郎(山本廉)の家を訪ねる。七五郎の妻であるお園(越路吹雪)は、旅帰りの石松を温かく迎え入れる。
しかし、幸せを胸に清水へ急ぐ石松の背後には、次郎長に恨みを持つ都田村の吉兵衛(上田吉二郎たちの不穏な影が迫っていた。その卑劣な罠にはまり、大勢に取り囲まれてしまった石松。愛する夕顔のために「死ねない、命を大事にするんだ」と必死に生きようとし、普段のような無茶な戦いを避けようとするが、多勢に無勢のなかで壮絶な死闘へと巻き込まれていく。
満身創痍の石松が、敵の刃を受けて「痛えなぁ」。そのとき森繁久彌がパッと目を見開く。碧眼の石松の両目が光る。このシーンは、森繁のアドリブだったが、まさに役者として「開眼」した瞬間でもあった。
石松はこの作品で死ぬ。しかし森繁久彌という俳優は、この作品で生まれ変わった。だからこそ『海道一の暴れん坊』は、単なるシリーズの一篇ではなく、日本映画史に残る一本なのである。
数ある次郎長映画のなかで、オールタイムで「この一本」を選ぶとしたら、迷うことなく、この「海道一の暴れん坊」である!大傑作!

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