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『次郎長三国志 第九部 荒神山』(1954年7月14日・東宝・マキノ雅弘)

『次郎長三国志 第九部 荒神山』(1954年7月14日・東宝・マキノ雅弘)。いよいよ「次郎長三国志」シリーズもクライマックス。

前作で無念の死を遂げた森の石松(森繁久彌)の敵討ちのため、都田三兄弟を追って尾張へ。

この『第九部 荒神山』は、続く『第十部 荒神山 後篇』との二部作で企画され、シナリオはこの年、黒澤明の七人の侍」を手がけた橋本忍が執筆(ノンクレジット、完成作では潤色・マキノ雅弘となっている)。人気シリーズのクライマックスを大スケールで描くというものだった。

なので第九部「荒神山」の前半は、たっぷりと時間をかけて、次郎長一家の大政(河津清三郎)率いる、子分たちに降りかかる災難を描いている。

トップシーンは火事で全焼してしまった百姓家の焼け跡から始まる。放心状態の農民(土屋嘉男)たちは、都田一家を匿っている新辰親分に言われるがまま、その放火を次郎長一家の仕業だと信じ込んでしまう。それも都田村の吉兵衛(上田吉二郎)の奸計だった。

渡世人の喧嘩に巻き込まれる農民たちのやり場のない怒り。このあたり、さすが橋本忍脚本である。そこでグッとリアリズムが増してくる。前半はこの農民たちの葛藤に力点を置いている。

さて、次郎長一家は敵を取り逃がしたうえに、火付けの罪の濡れ衣を着せられてしまう。お尋ね者として山へ逃げ込んだ大政たちの元へ、清水から島の喜代蔵(長門裕之)が早馬を飛ばして、次郎長(小堀明男) の「身の証を立てるまでは帰ってくるな」という厳しい伝言が届く。

まさに満身創痍の次郎長一家。都田兄弟の罠にハマり、やくざと結託した役人が百姓たちを消しかけて山刈りをしてくる。次郎長に再び会うことも、石松の敵討ちをすることも出来ない。兵糧攻めに会い、空腹で思考力も落ちて、それぞれが対立し始めていた。

しかし、喜代蔵から次郎長が三州吉良で仁吉の婚礼があるので、そこでなら次郎長に会えるかもしれない。という嬉しい言伝を聞き、大政たちは山を下りる決意をする。怒る百姓たちにあえて石をぶつけられに行き、次郎長からの見舞金を渡すことで信頼を取り戻す。百姓のリーダーから「ホンモノの侠客だ」と称えられる。

この前半のシークエンスは『旅がらす次郎長一家』同様、極限状況のなか、次郎長一家の渡世人として、人間としての「何が正しいか?」を描いて、観客が惚れ惚れする名場面となっている。このシリーズを貫く、広沢虎造の浪曲が、なぜ、人々の琴線にふれるのか?共感されるのか?を知り尽くしていればこそのマキノ映画である。

舞台は三州吉良(愛知県西尾市)へと移る。次郎長の盟友である吉良の仁吉(若原雅夫)は、ヤクザの親分・馬之助(高堂國典)の娘であるお米(角梨枝子) と結婚し、跡目を継ぐ。

松竹の二枚目(二枚目半か・笑)若原雅夫の吉良仁吉は、これまた現代劇風で、実に飄々として人を食ったような挨拶をする。あまりの突飛さに、ギョッとする参列者たち。それをニヤニヤと見守るのが、仁吉の親友で参謀役の神戸の長吉(千秋実)。この二人の新キャラクターが魅力的で、これからの新展開への期待が高まる。

その祝宴の席に、全国の親分衆が集まってくる。全ての黒幕・黒駒の勝蔵(石黒達也)は、実は仁吉の縄張りを狙っていたが、馬之助が生きているうちは、目立った動きは見せずに、都田兄弟たちを動かして、その時を狙っている。

黒駒の勝蔵は、例えるならば「スター・ウォーズ」の暗黒卿ダースベイターのような「悪の権化」。石黒達也の憎々しげな目の芝居がいい。

一方の次郎長は、子分たちが濡れ衣とはいえ「火付の極悪人」として追われる身になって、仁吉の婚礼には出席せずに、そのまま病気療養中の馬之助の見舞いに。この年「七人の侍」村長、「ゴジラ」の大戸島の古老を演じて、世界の映画ファンにも知られた戦前からのベテラン・高堂國典が、頑固者で喧嘩早く、それでいて侠客とは何かを知り尽くしている「親分の中の親分」馬之助を好演。

そうしたなか、大政たち次郎長一家の子分たちは、吉良の港に潜伏して、ひとめ次郎長に会おうとしている。そのとりもちをしてくれるのは馬之助の薫陶を受け、神戸の長吉ともども仁吉をサポートしている江川宇礼雄演じる代貸。大政たちが来ていることをそっと仁吉に告げ、次郎長との再会の場を作り、さらには大政たちは仁吉が預かることにする。その差配に、次郎長一家も観客も涙ナミダである。

そんな中、伊勢国(三重県)の荒神山にある賭場(とば)を巡り、大きな争いが発生する。

もともとその山は、仁吉の親友である神戸の長吉(千秋実)の縄張りだった。しかし、強欲なヤクザの安濃徳(阿部九洲男)がその縄張りを奪おうと動き出す。

と、ここまでが「第九部 荒神山」の展開。ここで、「終」のマークが出て、DVDではそのまま「第十部 荒神山 後篇」の特報が入る。特報の映像には、「荒神山の祭り」で、男を上げる次郎長一家の面々や、吉良仁吉たちが登場。すでに撮影が進行していることがわかる。

ところが、残念なことに、ぼくたちはこの『第十部 荒神山 後篇』を見ることが叶わない。橋本忍脚本はすでに完成しており、一部撮影も始まり、吉良仁吉のかつての恋人・お菊(岡田茉莉子)の登場シーンは、岡田茉莉子によれば撮影が終わっていた。ちなみにお菊は、こんな役どころである。

仁吉がヤクザの道に進んだため一度は離れたが、旅の途中で偶然再会し、重要な伝言を頼まれる。

幻となった後篇の展開は次のとおり。

争いを嫌う神戸の長吉は、仁吉に相談を持ちかける。仁吉の家にはちょうど清水一家が滞在していたため、仁吉は話を穏便にまとめるべく、清水の仲間たちと伊勢へ向かう。その道中、仁吉はかつての恋人であるお菊(岡田茉莉子) と再会。話し合いは一度成立しかけるが、安濃徳の後ろ盾として、次郎長の宿敵である黒駒の勝蔵と都田の三兄弟が裏で手を引いていたことが発覚。彼らは話し合いを破棄し、仁吉たちを裏切る。自分の努力がすべて踏みにじられた仁吉は、激しい怒りとともに「この戦いを最後にヤクザから足を洗う」とお米への伝言をお菊に託し、荒神山へと登っていく。

では、なぜ未完となってしまったのか? 

プロデューサー側が、マキノ雅弘に断らずに、主要キャストの一人を他の映画に出演させてしまい、それがマキノ雅弘の逆鱗に触れ「役者を勝手に抜くような会社とは、もうこれ以上作らない」と、会社への抗議として映画作りをボイコットしてしまった。一説によれば、大政役の河津清三郎、追分三五郎役の小泉博など諸説あるが、その辺りは「藪の中」である。

ともあれ、二年近く、同じキャスト、スタッフで苦楽をともにして、映画そのものの雰囲気をアットホームにした「チームワーク」が崩れてしまうことに、マキノ雅弘監督が怒ったというのは納得できるが、やはり、完結編まで観たかったというのも、遅れてきた観客の本音である。第九部の脚本クレジットに橋本忍の名前がないのは、第十部が制作されなかったためだろう。

このあと、マキノ雅弘監督は、制作再開した日活で『次郎長遊侠伝 秋葉の火祭り』(1955年)と『次郎長遊侠伝 天城鴉』(1955年)を撮ることになる。清水次郎長を河津清三郎が演じ、森繁久彌の森の石松が復帰、大政を水島道太郎、法印大五郎は変わらずに田中春男が演じた。東宝の「次郎長三国志」シリーズと合わせて見ると、『ローグワン:スター・ウォーズ・ストーリー』みたいに楽しめる。

また、東宝ではのちに、三木のり平のコメディ時代劇「次郎長意外伝 灰神楽の三太郎」シリーズ四部作(1957〜1958年・青柳信雄)を制作。森繁久彌の森の石松(第1作〜2作)、小堀明男の次郎長(第四作では河津清三郎)、若山セツ子のお蝶(第四作)、小泉博の追分三五郎(第四作)もゲスト出演。ファンには嬉しいコミカルなシリーズとなった。

またマキノ雅弘は、東映で鶴田浩二を次郎長役にオールスターで「次郎長三国志」シリーズをセルフリメイク、全四部作が作られた。

『次郎長三国志』 (1963年10月20日公開)
『続・次郎長三国志』 (1963年11月8日公開)
『次郎長三国志 第三部』 (1964年2月8日公開)
『次郎長三国志 甲州路殴り込み』 (1965年8月25日公開)

これもまた、マキノ次郎長映画の楽しさに溢れている。ここでも田中春男が法印大五郎を演じており、森の石松は長門裕之、増川仙右衛門には津川雅彦(第三作まで)というキャスティング。

こうして振り返ると、マキノ雅弘の次郎長映画群は、戦前、片岡千恵蔵が森の石松を演じた『續清水港』(1940年・日活)なども含めて、現在のMCUにも似た巨大な共有宇宙だった。戦前から戦後、東宝から日活、そして東映へ。俳優も役柄も物語も受け継がれながら広がっていく。ぼくには、それが「次郎長・シネマティック・ユニバース(JCU)」に見えて仕方がないのである。


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所 よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。