『続 社長漫遊記』(1963年・杉江敏男)
昭和38(1963)年3月1日、僕が生まれる年の春に、黒澤明監督『天国と地獄』と二本立て公開された。もちろん黒澤映画がメインだが、正月の『社長漫遊記』から五ヶ月後の続編を楽しみにしていた人も多いと思う。公開に間が空いているが、物語は前作のラストの翌朝から始まる。
洋行帰りでアメリカかぶれの太陽ペイント社長・堂本平太郎(森繁久彌)は、銀座のクラブ「マリリン」のマダム・れん子(淡路恵子)と、別府への遠出を楽しみにしていた。ところが社長の「カーを呼んで」を「カカアを呼んで」と秘書課長・木村進(小林桂樹)が勘違い、博多のホテルに社長夫人・あや子(久慈あさみ)が現われて、れん子は無視されてオカンムリ。で、アメリカ式にワイフ同伴で仕方なしに別府へ。というのが全編のラスト。
というわけで、太陽ペイント九州支社に、支社長・多胡久一(三木のり平)、専務・山中源吉(加東大介)、そして木村秘書課長が揃っている。前後編通してのビジネスは、アメリカのジュピター社の顔料の日本独占契約を結ぶこと。それだけなので、ジュピター日本支社代表・ジョン(ジョージ・ルイカー)と秘書課長のウイリー田中(フランキー堺)をいかに籠絡するか? が、メインのお話。
なので、日系3世なのに、日本的な「たかり体質」のフランキーさんと、隙あらば芸者を揚げて「パーッとやりましょう」と両手のひらをパッと開く三木のり平さん。日米社用族の悪ノリぶりがおかしい。前作は、久々のコメディアン・森繁久彌さんの「アメリカかぶれ」が笑いを牽引して行ったが、今回はいつものように、のり平さん、フランキーさんの脱線を、ひたすら眺めているだけでおかしい。
さらに、酒癖の悪い秘書課長の桂樹さんが、社長の不用意な一言「見合いなんてやめてしまえ」で、専務肝煎りで見合いをした若松の料理屋の娘・大浦タミエ(藤山陽子)との仲が怪しくなって、大荒れ。酒席でもやたらと絡み、すごむ。普段の生真面目さと真逆の暴れっぷりが笑いを誘う。
ジュピター一行が、佐世保重工のドック見学に来るとの情報を掴んで、偶然を装ってさ佐世保へ乗り込む太陽ペイント一行。ここで太陽ペイントが担当した出光興産の大型タンカー日章丸(三世)が登場する。「日章丸事件」で有名なのは二代目で、余談だが「日章丸事件」を題材にした石原慎太郎の小説を東宝で映画化したのが、須川栄三監督の『愛と炎と』(1961年・三橋達也、司葉子主演)だった。
さて、社長一行は、長崎の料亭「花月」でジュピター接待を目論むが、不発に終わる。この「花月」(映画ではセット)は、弘化3(1846)年、肥前小城の藩士・柴田花守が端唄「春雨」を作ったことで知られる。劇中、業者接待の珍芸で、加東大介さんが吟し、女装をして雨傘にレインコート姿ののり平さんが踊って爆笑を誘うが、2コーラス目は、同時刻「花月」で芸者・桃竜(草笛光子)と森繁さんが唸る。
また、翌日の日曜日。桃竜からデートを誘われ、朝からタマゴ5つ食べて「臨戦態勢」の社長がグラバー邸で、桃竜を待つ場面の妄想で、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」の「ある晴れた日に」を草笛光子さんの蝶々夫人。森繁さんのピンカートンで再現する。こうした脱線は「森繁芸」のシーンとして「社長」も「駅前」にも段々増えていく。ちなみにこの時のプレスコ音源が、テレビドラマ「太陽のあいつ」(1967年)で恵とも子さんが「蝶々夫人」を歌うシーンに流用されている。
破壊的なのが、やはりフランキー堺さんのウイリー田中。桃竜にご執心で、太陽ペイントに接待を強要して、社長、桃竜と3人で「ウンセンオンセン(雲仙温泉)」に出かける。やる気満々のフランキーさんがとにかくおかしい。さりげなくかわす草笛光子さん。見事な水商売テクニックである。「ホ、ホ、ホリデー!」と大はしゃぎのフランキーさん。妄想たくましくして温泉に浸かって「草津節」を怪しげな日本語で歌う。歌い終わって、お湯から手をあげると、腕時計をつけたまま「あ!」でオチ。このおかしさ。
で、社長は桃竜と他の旅館で、いよいよベッドインというときに・・・例によって、例のごとくだけど、「社長シリーズ」はこれが面白い。杉江敏男監督の「社長シリーズ」は本作が最後となり、次作『社長外遊記』(1963年)から最終作『続社長学ABC』(1970年)まで松林宗恵監督が撮り続けることとなる。
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