『次郎長遊侠傳 天城鴉』(1955年5月3日・日活・マキノ雅弘)
昨夜は『次郎長遊侠傳 天城鴉』(1955年5月3日・日活・マキノ雅弘)をスクリーン投影。
マキノ雅弘が、『次郎長三国志』チームを率いて日活へ移籍し製作した「次郎長遊侠傳」第二作。前作『秋葉の火祭り』のラストからそのまま物語が始まる、「次郎長ユニバース」エピソードゼロ第二章ともいうべき作品である。企画・脚本は前作に引き続き八木保太郎。
清水次郎長には河津清三郎、森の石松は森繁久彌(特別出演)、増川仙右衛門は本郷秀雄が前作から続投。今回は法印大五郎を森健二が演じ、追分三五郎は登場しない代わりに、千秋実が次郎長一家志願の三保の豚松として加わる。

さらに、前作『秋葉の火祭り』で次郎長たちと出会い、命を落とした黒駒一家側の娘・お美代に瓜二つの鳥追い女・おせんを、日活のトップスター・北原三枝が二役で演じている。
そして本作最大のキーマンとなるのが、「ども安」である。「ども安」といえば、ぼくにとっては幼い頃、フジテレビで放送されていた五社英雄原案・監督、砂塚秀夫、青島幸男主演のテレビ時代劇『俺はども安』の再放送で親しんだキャラクター。本作では坂東好太郎が演じている。
宿敵同士でありながら、次郎長とども安が互いを理解し合うクライマックスは、まさにマキノ雅弘映画ならではの情緒の世界。二人は決して直接対決しない。それでも互いの心情を察し、通じ合う。その「言わずもがな」の美学は、どこかフランス映画のフィルム・ノワールにも通じる味わいがある。
物語は、遠島を命じられていた甲州のども安(坂東好太郎)が、五人の囚人を率いて伊豆大島を脱獄し、石廊崎へ上陸するところから始まる。役人(小林重四郎)は漁師や百姓まで総動員して山狩りを始める。ども安は名の知れた侠客だが、島を抜け出した理由は、愛するおせんに会いたかったからである。

その頃、「秋葉の火祭り」の激闘を終えた次郎長(河津清三郎)は、法印大五郎(森健二)、増川仙右衛門(本郷秀雄)、森の石松(森繁久彌)とともに石廊崎へたどり着く。町中には「ども安」のお尋ね札が貼られ、吃音の石松は人違いされては困ると宿に閉じこもっている。
しかし酒好きの石松は退屈しきれず、こっそり居酒屋へ。そこで秋葉で死んだはずのお美代にそっくりなおせん(北原三枝・二役)と出会い、驚いた石松は「ぜひ親分に会わせたい」と奔走する。
一方、島抜けしたども安一味は、追っ手をかわすため村娘たちを連れて天城山中へ逃げ込む。その知らせを聞いた次郎長は「女子供をさらうなど侠客のすることではない」と怒り心頭。そこへ現れるのが、船大工でヤクザ志願の豚松(千秋実)。次郎長にども安を倒させ、「男を上げさせたい」と勝手な野望を抱いている。
『次郎長三国志』では加東大介が演じた豚松は『旅がらす次郎長一家』で壮絶な最期を遂げるだけに、飄々とした千秋実の豚松が登場するだけで嬉しくなる。
前半最大の見どころは、天城山中の関所。ども安を捕らえるため、役人たちが検問を敷いている。戦前日活以来の名優・小林重四郎演じる役人は実に味わい深い。『勧進帳』よろしく、次郎長一家も検問を受けることになるが、「ども安」が吃音だと聞いた役人は、次郎長、大五郎、仙右衛門に早口言葉を言わせて確かめ始める。
大の大人が真顔で早口言葉を言い合うという、この「なんでもあり」の喜劇的発想が実にマキノ映画らしい。そして、いよいよ石松の番。一言しゃべれば正体がばれてしまう、その瞬間、次郎長が歌い出し、石松も歌で応える。そこから次郎長一家は踊り出し、コメディがそのままミュージカルへと変わる。音楽担当の松井八郎は森繁久彌とも親交が深く、新東宝時代から森繁の歌を数多く手がけてきた人物だけに、ここでも森繁節が実に気持ちよく響く。
さらに面白いのは、小林重四郎演じる役人。堅物と思いきや、森繁の歌につられて思わずリズムを取り始める。小林重四郎は戦前、山中貞雄監督『国定忠治』(1935年・日活)の挿入歌「あめやの唄」を歌ってヒットさせた「歌う映画スター」でもあった。当時の観客なら、このリアクションだけで大笑いしたことだろう。
物語は終盤、次郎長一家が泊まる宿でクライマックスを迎える。そこには傷ついたども安と子分・大月の政五郎(水島道太郎)、そして、おせんが身を隠していた。さらに秋葉で次郎長一家を助けた旅役者の座長・お時(利根はる恵)は、一座を解散し、この土地で芸者となっていた。
座敷では久々の再会を喜び合う。ここで次郎長が、お時をまた「お富さん」と呼び間違えるのがおかしい。前作で風呂に入りながら春日八郎の「お富さん」を歌っていたことから、どうしても名前を間違えてしまう。すると石松が「死んだはずだよ、お富さん〜」と歌い出し、シリーズならではの楽しいリフレインとなる。
やがて、お時からども安とおせんが宿にいることを知らされた次郎長。子分たちは血気にはやるが、怪我人を襲うのは侠客の仁義に反すると、次郎長は静かに諭す。
続いて、水島道太郎演じる政五郎が仁義を切り、「どうか見逃してほしい」と頭を下げる。さらに、おせんは自ら詰めた指を差し出して、ども安を助けてほしいと願い出る。
その姿に、次郎長は秋葉で出会ったお美代を思い出す。ここで前作のお美代との別れがフルサイズでインサートされ、続いて次郎長とおせんの芝居場がじっくり描かれる。
そして、ども安と次郎長は最後まで顔を合わせない。その思いを伝える役目を担うのが石松である。森繁久彌と坂東好太郎。ともに吃音を抱えた二人が、本音を語り合う芝居場は、本作屈指の名場面。
三味線弾きのおせんが、自ら指を詰めてまで守ろうとした恋人への思い。それを理解する次郎長の男気。マキノ雅弘らしい情緒が胸に沁みる。
もちろんクライマックスは、役人たちとの壮絶な大立ち回り。『次郎長三国志』を思わせる興奮のチャンバラが繰り広げられ、その混乱のなか、次郎長はども安、政五郎、おせんを逃がす。まさに「男を上げる」瞬間である。
ラストは、清水へ向かう次郎長一家。ここから新たな「次郎長ユニバース」が広がっていく予感に満ちている。
残念ながら『次郎長遊侠傳』は二部作で終わったが、マキノ雅弘はのちに東映で、鶴田浩二主演によるカラー版『次郎長三国志』四部作へと、この世界をさらに発展させていく。東映版は次の通り。
『次郎長三国志』 (1963年10月20日公開)
『続・次郎長三国志』 (1963年11月8日公開)
『次郎長三国志 第三部』 (1964年2月8日公開)
『次郎長三国志 甲州路殴り込み』 (1965年8月25日公開)
東宝、日活、そして東映へ――。
同じ監督が同じ題材を、それぞれの時代、それぞれのスターとともに語り直していく。その楽しさこそ、「次郎長ユニバース」の醍醐味なのである。

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