5th “死にたい夜”を越えた私が、今なら言えること
■「このまま消えてしまいたい」
あの夜のことを、
私は今でもうまく言葉にできない。
暗闇のなかで、
息の仕方すら分からなくなって、
涙が勝手に落ちてきて、
世界がひどく静かで、
ひどく冷たくて。
「このまま消えてしまいたい」と、
心のどこかで
つぶやいてしまった夜がある。
ただの孤独とは違う。
ただの疲れとは違う。
“限界”という言葉の向こう側に
落ちていくような感覚。
自分が自分でなくなる。
心が自分を置いていく。
あの感情は、経験した人にしか
分からないものだと思う。
■ 心の底から聞こえてきた「もう頑張れない」
うつ病という病気は、
ある日いきなりではなく、
長い時間をかけて
じわじわと心を蝕んでいく。
頑張り屋ほど気づかない。
我慢ができる人ほど気づかない。
“まだいける”
“これくらい平気だ”
“辛いなんて言えない”
そう自分を叱咤しながら、
心に積もる疲れを放置する。
そして、ある夜、
唐突に限界がやってくる。
私の場合もそうだった。
布団に入っても眠れない。
深呼吸をしても胸が苦しい。
怖くもないのに手が震える。
涙が理由もなくこぼれてくる。

「死にたいわけじゃない。
でも、生きるのがつらい」
その狭間で、私はひとり揺れていた。
■ それでも私を引き戻した、温かい“声”
あの夜、私を救ったのは
専門書でも、精神論でもなかった。
たった一つの“存在”だった。
妻だった。
何も言わなくても、
私の様子にすぐ気づく人。
「ねぇ、大丈夫?」
その一言が、胸に刺さった。
今思えば、その声がなかったら、
私はあの夜、
どこに落ちていったか分からない。
妻は、私が無理に笑おうとしても、
「無理してる顔だね」
と言い当てる人だ。
涙が止まらない私の手をとり、
ただ静かにそばにいてくれた。

責めなかった。
励ましすぎなかった。
否定もしなかった。
ただただ、
私の心の崩れ落ちる音を、
隣で受け止めてくれた。
“あなたは、生きてていいんだよ”
その声を、
妻は言葉にはしなかったけれど、
確かに伝えてくれていた。
■ 家族がいるから、生きてこられた
それから私は、
何度も何度も夜に沈んだ。
暗闇の底から
抜け出せなくなりそうになった。
けれど、
そのたびに妻が手を差し伸べ、
娘が背中にそっと寄り添ってくれた。
娘の寝顔を見るたびに、
「この子の父親として、
まだやれることがある」
そう思えた。

家族がいたから、
私は生きようと思えた。
家族がいたから、
“死にたい夜”を
越えることができた。
私が崩れる瞬間を、
妻も娘も、驚くほど
自然に受け入れてくれた。
「弱くなっても、
あなたはあなただよ。」
そう言ってくれる存在が、
どれほど人を救うのか、
身にしみて分かった。
■ “自分を肯定してくれる人”がいることの強さ
うつ病になると、
自分の価値が見えなくなる。
何をしてもダメに思える。
誰かの役に立てていない気がする。
でも、そんなとき――
「あなたはそのままでいいんだよ」
と言ってくれる誰かがいるだけで、
人は生きる力を取り戻せる。
私にとって、それが妻だった。
そして娘だった。


たとえ完璧じゃなくても、
たとえ弱いところがあっても、
“存在ごと肯定”してくれる人がいる。
その事実が、
どれだけ私を救ったかしれない。
“生きる理由”なんて
大きなものじゃなくていい。
たった一人でも、
私を必要としてくれる人がいる。
それだけで、
人生を続けていけると思えた。
■ 今なら分かる。死にたい夜の向こうには、
ちゃんと朝が来る
もし今、
あなたが
暗闇のなかで震えているなら、
私は声を大にして言いたい。
あなたは弱くない。
あなたは怠けていない。
あなたは、
ただ、それだけ頑張りすぎただけ。
そして――
あなたを肯定してくれる人は必ずいる。
それは家族かもしれないし、
友人かもしれないし、
もしかしたら、
まだ出会っていない
誰かかもしれない。
たった一人でいい。
あなたの存在を必要としてくれれば、
あなたの中に生きぬく希望がうまれる。
死にたい夜を越えた先には、
温かい朝がちゃんと待っている。
私がそうだったように。
■ 最後に
あの夜、私は絶望の中で震えていた。
でも今の私は言える。
私を救ったのは、
“強さ”ではなく、
“愛されているという事実”だった。
そして、今この文章を
読んでくれているあなたにも、
必ずそんな存在がいます。
どうか、忘れないでください。
生きることに疲れた夜でも、
あなたという物語は、
まだ終わらせないでほしい。
むしろ、ここから静かに始めなおそう。
あなたの人生は、
まだあたたかく続いていく…。

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