17th あのころの私に、そっと毛布をかけてあげたい
うつ病になる(なった)ころの私は、
人前では「大丈夫」を演じていた。
笑えるときは笑い、返事もした。
やるべきことも、
できるだけやろうとした。
でも本当は、
少しも大丈夫ではなかった。
朝、目が覚めると、
胸の奥がずんと重くなる。
まだ何も始まっていないのに、
もう疲れていた。
起き上がる前から、
一日分の力を使い果たしている
ような気がしていた。
窓の外が明るいことさえ、
つらい日があった。
世の中は今日も動いている。
みんなは普通に起きて、
普通に笑っている。
それなのに私は、
布団の中でただ天井を見ている。
そんな自分が情けなくて、
悔しくて、申し訳なくて。
心の中で、何度も自分に謝っていた。

「こんな自分でごめん」
「ちゃんとできなくてごめん」
でも今なら思う。
あのころの私は、
謝る必要なんてなかった。
怠けていたのでも、
甘えていたのでもなく、
ただ心が限界まで疲れていただけだった。
それなのに私は、
自分にいちばん厳しい言葉をかけ続けていた。
「もっと頑張れ」
「みんなに迷惑をかけるな」
「早く元に戻れ」と。
今思うと、かわいそうなくらい、
自分を追い込んでいた。
もし、あのころの私に会えるなら。
私は何も言わずに、
まず毛布をかけてあげたい。
そして静かに言いたい。
「もう頑張らなくていいよ。
今日はここにいるだけでいいよ」と。

うつ病のつらさは、
言葉にしようとすると、
すぐにこぼれてしまう。
悲しい、苦しい、疲れた
——そのどれもが足りない。
心の中に冷たい雨が
ずっと降っているようで、
傘をさす力もなく、
雨宿りする場所も見つからず、
ただ濡れながら立っている。
そんな感じだった。

だから誰かに「どうしたの?」
と聞かれても、答えられなかった。
何か一つの理由で苦しいのではなく、
生きていることそのものが
重たく感じる日があるのだから。
わかってもらえないと、
もっと苦しくなるかもしれない。
そう思って、
私は心の扉を少しずつ閉めていった。
でも、扉を閉めた部屋の中で、
ずっと誰かを待っていた。
大げさな励ましでも、
正しいアドバイスでもなく、
ただそばにいてくれる人を。
「無理に話さなくていいよ」
「今日は休もう」。
そんな言葉が、
どれほど心にしみたことか。
「頑張れ」よりも、
「頑張ってきたね」がほしかった。
「早く元気になって」よりも、
「今のままでここにいていいよ」がほしかった。
私は薬の力を借り、人の力も借り、
休むことも覚えた。
最初は、休むことさえ怖かった。
何もしていない自分には
価値がないような気がしたから。
でも、違った。
人の価値は、
何かをしているときだけに
あるのではない。
何もできない日も、
泣いてばかりの日も、
布団から出られない日も、
それでも人は大切な存在なのだと、
時間をかけて少しずつ覚えていった。
回復は、派手なものではなかった。
ある朝、少しだけ空がきれいに見えた。
久しぶりにご飯の味がわかった。
テレビを見て、ほんの少し笑えた。
ほかの人から見れば
小さなことかもしれないけれど、
私にとっては涙が出るほど大きなことだった。
「ああ、まだ感じられるんだ。
私はまだ、生きているんだ」と思った。

今、私は寛解している。
あのころの苦しみは消えてはいないが、
あの時間はもはやただの傷ではなくなった。
誰かの痛みに気づくための、
やわらかい場所になった。
だから今、
うつ病で苦しんでいる人に、
どうか伝えたい。
あなたは、
怠けているのではありません。
弱いのでも、
甘えているのでもありません。
今は、
心が休みたいと言っているだけです。
今日何もできなかったとしても、
誰とも話せなかったとしても、
あなたはだめになったわけではない。
ただ、とても、
とても疲れているだけです。
だから今日は、
少しだけ自分にやさしくしてあげてください。
温かいものを飲めたら…
布団の中で深呼吸できたら…
それでいいんです。
何もできなくても、
今日を終えられたなら、
それだけでいい。
暗い夜の中にいるとき、
朝が来るなんて思えない日があります。
でも、夜は少しずつ明けます。
急にまぶしい朝になるわけではなく、
ほんの少し空の色が
変わるところから、朝は始まる。
心の回復も、きっと同じです。

あなたは、あなたのままで、
少しずつ息をしていけばいい。
今日、あなたが生きていてくれてよかった。
苦しみの中でここまで来た自分に、
いつかこう言える日が来ることを願っています。
「よくここまで来たね」と。

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