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『コンビニ人間』(村田沙耶香)を読んで

 2016年に芥川賞を受賞したこの作品。芥川賞と言えば、ちょっとお堅い、読みづらい文学作品というイメージだったけれども、この作品はそんなことはない。

 この作品の主人公の女性は、人の気持ちや、社会の常識というものが、小さいころからいまひとつ分からない娘だった。子供の頃、死んだ鳥を拾って、「お父さん、焼き鳥好きだから持って帰ろう」と言って、両親を困らせてみたりと。そんな世間と少しずれた彼女がコンビニのバイト、マニュアル通りにすればいい世界で、自由に自分を羽ばたかせる物語である。

 話の途中、世間に足並みを合わせるように、結婚をしようしてみるが、やはりうまくいかず、コンビニの世界に舞い戻ってくる。

 作品を通して、何もかもマニュアル通りで、自我の薄い現代社会を風刺しているようでもあり、周りとの関係性や影響を受けて、人間は成り立っている存在であることを端的に表しているようでもあった。

 ただ、これを読んで本当に感じたこと、衝撃的だったのは、こういう人絶対いるはず、ということだ。ある意味、極端な例かもしれないけど、世の中には変な人はいっぱいいる。人の気持ちの全く読めない人、ネチネチと怒る人、文句ばかり言う人、他人の批判ばかりする人。生きていれば、自分の考えられない人間に何度も出会ってきた。

 そういった人を外野から批判して、文句を言うのは簡単である。けど、そんな人はいなくならない。なぜか?その人の本性だからだ。性格と言ってもいいと思うし、極端に言えば、脳の構造がそうなってると言ってもいいかもしれない。

 昔、凶悪犯罪者の脳の異常性を書いてある話を読んだことがある。別にその人が悪いわけでも、世間が悪いわけでもなく、単なる少しはみだした人間。はみだしたと書いてしまうと、どちらが普通かという議論がでてくるが、中央値からそれた人はいるわけで、この主人公もそんな一人。

 ただ、そんな自分と世間の折り合いをつけるために、マニュアル通りに、マニュアルに無いことは人の真似をして、とりあえず、世間をうまくいきていこうとする彼女の姿は、とてもたくましく思えた。

 一方、コンビニバイトをやめた、世間の文句ばかり言って、借金をしているクズ男も作中に登場する。これも、彼が悪いといえば悪いのだけど、普通からずれてしまった人の生きづらさを、つくづく感じてしまう。大学の先輩にこんな人いたもの。

 いくつになっても、結婚もせず、正社員の仕事を探さず、適当な食事しかせず、コンビニバイトで生きていく彼女。世間からすれば、変な存在かもしれないが、彼女なりに、世間と一生懸命折衝して、生きていく強さを感じられて、そこが少し救いであった。

 この世の中、生きていくだけ、生活していけるだけで、毎日は大変だ。
 表面上は同じでも、みんな考えていることは違う。
 そんな世界の中で、なんとか世間に合わせている、全ての人の葛藤を、極端に書き表しているような作品に感じました。素晴らしい作品でした。

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toshihiro これで、もう1冊本が読めます😄