【BL短編小説】粘着質アイドル突撃系
ジャンル:コメディ
何も知らないアイドルオタク男サンタバスターエヌこと燦太は、ドタキャンされた友人の空席を埋めるためにSNS友人に泣きついた。
仕方なく来てくれたSNS友人オカカにゃんこさんは長身で帽子、黒マスク、眼鏡でデスボイス。
若干の戸惑いを覚えつつも、この人、推しのサクナに似てるな。そんな風に思いながら、東京発別府着の長距離バスに乗る二人。
アイドルサクナその人である朔真は、そっと燦太のカバンからコンタクトレンズのケースを抜き取るのだった。
粘着質ストーカーアイドルと、何も知らないファンの一夜千夜物語!
これまでの人生で、今日ほど別府に感謝したことはない。
「はー、遠かったですね。高速バスは流石に腰に来ました……大丈夫ですか、オカカにゃんこさん」
十時間以上あなたの隣に座っていられて最高でした。
その言葉を飲み込んで、マスクの下で笑顔を作る。
「僕は全然。今日は温泉ですから、ゆっくり休みましょう。サンタバスターエヌさん」
「あ、アカウント名で呼ばれるのって恥ずかしいですね。俺、本名は長月っていうんですけど、そっちで呼んでもらっていいですか?」
知ってる。
「じゃ、長月さん。僕は朔真です。サクマって呼んでください」
「はい、サクマさん」
「なんかしっくりこないな……あの、よければサンタさんって呼んでもいいですか」
「え、あ……それでも、全然、大丈夫です!」
うわー、すごい。俺の想いの人が、俺を下の名前で呼んでいる。そして俺も彼を下の名前で呼んでいる。これは実質恋人なのでは!?
サンタさん――長月燦太さんは俺のSNS友達で、片想いをして二年と十一か月三週間になる想いの人だ。
当時駆け出しだった俺は、いつもの夜中のもやもやした気持ちでエゴサして、彼を発見して、優しい文体と穏やかな投稿に惹かれてなんとなくフォローして、フォローバックされて。
どんどん打ち解けていき、仕事の悩みなんかをふんわりした輪郭に加工して相談してたら、好きになっていた
一週間で。我ながらチョロすぎる。
初めて顔を合わせたのは昨日の東京駅。
ある男性アイドルグループのオタクである彼が『ライブに行く予定の友達が行けなくなって、空席作りたくないんです。あの、今日から3日間、暇だったりしませんか?』とDMを送ってきた。
暇ですと即レスした。その時、俺は仕事で大分にいたのだが、即座に東京に飛んで何食わぬ顔で合流した。
あー、最高。
可愛いなーこの人。若干警戒心がなさ過ぎて心配になるけど、そこがまた庇護欲をそそられる。
俺は21年間の人生の、幸福のピークをかみしめていた。
問題は、俺がそのライブに出演するアイドルグループ『ナイトバロンズ』のセンター『サクナ』であることだけだ。
これは致命的な問題な気がするが、今は考えないことにしている。
「でも、オカカ……サクマさんがナイトバロンズのファンで助かりました! チケット譲渡する友達もいないし、ネットで譲りますだと規約的にダメかなって」
「リアル友人手渡しなら規約は大丈夫なはずですよ。っていうか僕も当選してなくて、誘ってもらえてうれしいです」
当選も何もステージに立つのは俺なのだが。
「明日は楽しみましょうね! あの、ところでその声は……風邪気味だったりします?」
「口を開けて寝る癖があるんですよ。だからいつもこんな声です」
「よかった。あ、よかったってのもヘンですけど、アリーナ席だし、ナイトバロンズに風邪うつすわけにはいかないですし」
さすがにサクナの声で喋るわけにはいかない。デスボイスで喋っているので不自然に思われたが、何とかやり過ごす。
「サクマさんは……思ったより若か……そうですよね、学生さんです?」
今の俺はキャップに黒マスク、変装用の伊達眼鏡姿なので完全に不審者だ。
「フリーターです。学校とか行ってないのでご心配なく」
「そうでしたか。俺はサラリーマンで、仕事は印刷関係で」
知ってる。
好きだって自覚した瞬間、探偵に依頼して調べてもらったから。
「印刷ってよく知らない世界ですね、お仕事大変です?」
「実は、ゴールデンウィークって一番の修羅場でして。やっとこの三日間を勝ち取ったんです。後が怖いですね。徹夜で死ぬかも」
「尊敬します。身体、壊さないでくださいね」
「いや、社会人あるあるですから……それこそ、ナイトバロンズの皆さんもゴールデンウィーク返上で働いているわけだし」
ゴールデンウィークとかか関係なく、あなたの隣にいたいです! 一生隣にいてください、サンタさん!
そんなことを思った時、スマホが振動した。
「サクマさん、さっきから十秒に二回くらいのペースで通知来てますけど、出なくて大丈夫ですか?」
「あー、サークル、仲間? が即レス希望なやつで……ちょっと席外しますね」
「はい、ごゆっくり」
人気のない茂みに座り込んで通話モードにした。
「ご、ごめん!」
「ゴメンじゃねーよ!!」
「あ、マネージャーじゃないんだ」
「マネージャーは胃痛で搬送されたわ。お前リハにも来ないで何やってんだ!?」
俺のデスボイス並みに低い声で凄むのは我らがナイトバロンズのリーダー、シュウ君だ。
「大丈夫。名古屋と同じ感じだろ? 当日ぶっつけで何とかするから」
「お前はそれができるタイプだけどよ……突然いなくなって、何してんの?」
「実は、ナイトバロンズのファンの人がいて」
「おいスキャンダル案件じゃないだろうな!」
「その人とライブを見ることになった」
「……物理的に不可能だろ!?」
やめてー! 言わないで! 俺は今、想いの人とライブに行く幸福感で一杯なのに!!
「お前が歌ってるときにお前が客席に入れるわけないだろ!! さっさと帰ってこい!」
「う、うん。できるだけ早く帰ります……」
「今どこにいんの?」
「別府」
「現地じゃねーか! 今すぐ来い!」
「あー……ゴメン。今日はこの後地獄なんで」
サンタさんと温泉に入るチャンスを逃すわけがない。これは命題だ。
「何言ってんだ、ジゴ」
明日は最高のパフォーマンスを見せるから、今日だけはこの幸せに浸らせてくれ。俺はスマホの電源をオフにした。
「すごい! ほんとに赤い!」
別府は温泉地なので、地獄めぐりという観光スポットがある。
いや、観光スポットで地獄て。と思ったけれど、温泉デートの前哨戦としては最高の環境だ。
はしゃいだサンタさんの後を追いかけながら、俺たちって今どんなふうに周囲に見られてるんだろうと考えた。
親友、兄弟、職場の先輩後輩、それとも……。
「あ、温泉饅頭売ってますよ! 食べましょう、サクマさん!」
「はい!」
食事制限が厳しい仕事だが、この心拍数でたぶんハーフマラソンくらいのカロリーは消費しているから問題ない。
温泉旅館に到着。結構いいところだ。
「あ、宿代は俺が持ちますからご心配なく。大分中の宿が埋まってて、この旅館もキャンセルの瞬間に滑り込んだくらいで」
「あはは、御馳走様です」
俺の本来泊るホテルの方が高額だけれど。でもデート補正で瓦屋根まで輝いて見える。
サンタさんはコンタクトレンズのド近眼だと知っているので、彼のコンタクトケースをそっと荷物から抜き取っておいた。
「あ、あれ……コンタクト忘れて……あの、実は十センチ先の人の顔もわからないくらい近視で」
「そうなんですね、眼鏡は持ってますか?」
「はい、眼鏡は命綱ですから……でも、フレームが錆びると嫌だし、温泉はやめておこうかな」
「僕が手を引きますよ。一緒に入りましょう」
やっと外せたマスク。腰にタオルを巻いた彼に目を奪われて(やばいだろこれ)個室の貸し切り温泉に向かう。
個室露天風呂では雨が降っていて、頭に雫があたった。
「あはっ、ちょっとくすぐったいですね。でも、こんな露天風呂もいいかな」
あなたが笑うから。俺もつい笑ってしまう。
「不思議だな。一昨日まで顔も知らなかった人と、こんな時間を過ごしているなんて」
「サンタさんは……僕と旅行に来てよかったですか? 友達と一緒に来た方がよかったんじゃ」
「そ、そんなことはないです! その友達も、俺のアイドル趣味にしかたなく付き合ってくれている感じで」
当然知っている。儀間悠仁。顔が良くて大企業勤めのハイスぺで、俺がこの世で最も憎む男だ。お前のそのポジションを俺によこせ。
「だから、同じオタク仲間とイベントに行くのって、人生初めてで」
残念だったな、儀間悠仁。サンタさんの初めては俺のものだ。
二人でお湯につかっていると、ぽつりとサンタさんが呟いた。
「何回も話したと思うんですけど、俺、サクナが好きなんですよね」
「っ……そうなんですね」
「なんだろう、人懐っこさの裏に隠れた顔が、なんだか気になっちゃって」
「そんなふうに、見えますか?」
「勘違いかもしれないですけどね。わざと明るく振舞ってるように見えちゃって」
気づいている。俺には裏の顔がある。
俺も時々忘れそうになるけれど、確かにある。
転んで泣いて、両親が振り返らなかったときに。
友人と話した後、自分だけが友人だと思っていたと気づいたときに。
好きだった人が、打算で付き合ってくれていただけだったと知ったときに。
俺の隣には誰もいないんだって、ずっと思っていた。
この人は、きっとその隙間を埋めてくれる。
そうか、だから恋したんだ。
「その友人が来れないって聞いて視界が真っ暗になったんですけど、オカカ……サクマさんのアカウントがパッと浮かんで」
「僕で、よかった、ですか?」
「はい! あの、俺、サクマさんと一緒に来れてすごく楽しいし……と、友達……になった、って思ってるんですけど」
なんだそのグッとくる台詞。
こっちは2年と11か月3週間前から友達以上に想っているが。
「あの、僕も……あなたの親しい人って場所に、置いてもらえますか?」
「もちろんです! ナイトバロンズ好きってだけで……ああ、違いますね」
焦点のぼやけた、定まらない目が俺を見る。
「俺、サクマさんのことが好きです! あ、変な意味じゃなくてですね……」
「僕も、サンタさんのことが好きですよ」
こっちは変な意味だが。
キスしたい。でも、まだその時じゃない。
告白して、両想いになれたら。
明日のライブが楽しみでならない。一緒にペンラ振って、泣くあなたの涙を拭って。
俺の素顔を見せて、告白して。
問題は、その時に俺が舞台にいる必要があることだ。
分裂する方法とかないもんかなー。
結局、俺はライブを優先させた。
やっぱり風邪だったみたいです。うつしたら申し訳ないので欠席させてください。空席作りたくないって言ってたのに、ごめんなさい。
そんなメッセージを送ったら、サンタさんらしい気遣いと優しさのレスが帰ってきた。
「お前な。リハ不在とかありえねーぞ! ファンなめてんのか!?」
「ごめん! あの、父の叔父の子供の義理の母親の孫の俺が緊急事態で!」
めちゃくちゃな言い訳をしていたら、シュウ君に拳で胸を叩かれた。
「お前は今、最高の顔してる。そこまで仕上げてきたんなら、今回だけは許してやる……行くぞ、ファンがっかりさせんなよ!!」
そうだ、俺は最高に輝くアイドルだ。あの人に、残念なライブなんて見せられない!
スポットライトの下で、俺は心からの笑顔で叫んだ。
「みんな、来てくれてありがとー!」
暗がりの中で俺にはあなたが見えないけれど、あなたは俺を見ているんだ。
曲が始まる。
本当の俺は根暗で陰キャでストーカー気質の近眼恋愛体質だけど、今だけはあなたの理想の俺になります!
『え、ファンミーティング来ないんですか!?』
『はい、コンタクトもなくしちゃったので……眼鏡姿なんて見せられないし』
いやいやいや、眼鏡も最高に似合ってますよ!?
『コンタクト、使い捨ての買えばいいじゃないですか!!』
『いつも同じ店で買ってるので、度数覚えてなくて』
俺は覚えてるがぁ!?
こちらの企画に参加させていただきました!
