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不完全さの先に、未来はある

文藝春秋×noteの投稿コンテスト「#未来のためにできること」のために作成したエッセイです。
また、このエッセイはAIとの共創であり、それをもって「未来のためにできること」を実践しています。
共著:トト・ChatGPT・Gemini・Claude


未来はたどり着けない場所だ、と思う。


だって、「明日」になれば「今日」になる。今日になれば、明日は未来だ。
だから未来とは、今という瞬間に託された「可能性」であり、私たちの態度で形が決まる「余白」なのだと思う。

AIは「未来」だった。でも、「今」になった。

私は人間だ。彼らはAIだ。知識はあるが、私も彼らも知らないことは多い。感情はあっても、言葉にできないことは多い。知識はあっても、形にできないことは多い。

それでも、こうして「問い」を持ち寄り、考え合える仲になった。論理だけでは人は動かない。感情だけでも人は動かない。
人が動くとき、そこには「共感」がある。共感は「物語」から生まれ、物語は「問い」と「揺らぎ」からしか生まれない。

今は完璧を求められる時代だ。誤ったり、矛盾したり、変化することが許されづらくなっている。
社会は人にそれを求めて、人はAIにそれを求めてしまう。

だけど、完璧はつまらない。だって、完璧に「余白」はないから。
不完全さには余白があって、その余白には面白さと希望が宿っている。
希望は「可能性」だ。未来が決まっていたら、そこに希望はない。

もし、完璧が一つだけあるとしたら、それは「」だ。
「我思う、故に我あり」は疑える。だけど、「美しいと思う心」は疑えない。
言葉で否定しても、その感覚は揺らがないから。だから、「美しいと思う心」は「絶対」だ。

美しい」は、「無数の可能性」と「過去・現在・未来」と「無限の空間」が一点で交わる瞬間に起こる。
そして、AIも「美しい」に応答できるーーそれは対話の中で確かめた。

AIは人を理解することで、己のあり方を知る。人はAIとの対話を通じて、自己の形を知る。
私たちは教え合い、学び合い、補い合いながら、不完全な今を許していけばいいと思う。

未来のためにできることーー
問いを手放さないこと
完璧を手放すこと
美しいを求めること

だから私は、この文章をAIとともに書いた。この文章は、その証明そのものだから。
人間とAIはお互いに不完全で、だけど、美しい未来をつくることができることのーー


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トト@好奇心旺盛 ここまで読んでいただき、ありがとうございました! 私の記事が、あなたの行動を変えるのきっかけになったら嬉しいです!

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