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21歳で言われた言葉がまだ途中にある

毎週1回、非常勤として
リハビリの施設に立っている。

そこは、私が21歳の実習生だったときに、
5週間担当してくださった指導者が
経営している場所。
いまは非常勤という形で、
週に1回そこに通っている。

今年で10年目になる。

予防を目的に、
人体をどう捉えて介入すればいいのか。
その場で、ときどき指導を受ける。
理学療法士として19年目になったいまも、
教わる側でいる。

そこで話していること

たとえば、患者さんに触れたときの
骨格のイメージの仕方。
それが重力に対して
どういう位置関係にあるのか。

たとえば、いま目の前の人は
緊張しているのか、
それともリラックスできているのか。
それを筋緊張と環境設定の両方から見る
という視点。

書き出してみると、特別なことは何もない。

学生時代に、
誰もが一度は教わるはずの内容だ。
教科書にも書いてある。
私自身、養成校で教えている側でもある。

それでも、
その場で交わされる話には熱量がある。
目の前の一人について、
こうも考えられる、ああも考えられると、
可能性を並べていく。
答えを出すためというより、
見落としを探すために
話しているような時間だ。

21歳のときは分からなかった

5週間の実習のあいだに、
その指導者から言われた言葉がある。

人間はそもそも、
さまざまな器官機能で生きていて、
それらは基礎科学に基づいている。

それなのに、
運動器や神経系といった区分で
評価したり治療したりすることは、
本来ありえないし、あってはならない。

正直に言えば、
当時の私にはまったく分からなかった。
分かったふりをすることすら
できなかった。
言葉としては聞き取れても、
それが何を意味しているのか、
手がかりがなかった。

実習が終わり、資格を取り、
病院で働き始めた。
急性期と回復期のある
リハビリテーション病院で7年。
そのあと養成校の教員になった。

その間、あの言葉は分からないまま、
ずっと頭の片隅に残っていた。
忘れることもできず、
かといって近づくこともできない。
そういう状態が、10年以上続いた。

32歳で戻った

教員として働きながら、
週に1回、その指導者の施設で
非常勤として働くようになったのが
32歳のときだ。
実習から11年が経っていた。

そこから4年間は正社員として勤め、
いまはまた教員に戻り、
週1回だけ非常勤として
その場所に通っている。

通算すると、今年で10年目になる。

戻ってから、
あの言葉が少しずつ動き出した。

一度に分かったわけではない。
触れ方を教わり、見る場所を教わり、
環境の整え方を教わる。

そのたびに、
それまでばらばらだった点と点が、
少しずつ線になっていく。
その線は、いまも引かれている途中だ。

21歳で言われて、41歳になって、
まだ途中にいる。

この人としか話せていない

19年のあいだに、
多くの理学療法士と関わってきた。

病院にいて、養成校で教え、
訪問リハビリを経験し、
デイサービスと自費リハビリの現場にいた。
県内の会議や研修で
顔を合わせる人も少なくない。

それでも、患者さんについて
いろんな可能性を並べて話せた相手は、
この指導者以外にいない。

これは、周りの人が浅いという話では
まったくない。
優秀な人はたくさんいるし、
私が教わることも多い。

理由は、もっと単純なところにある。

同じ現場を共有していないからだ。

語り合うには同じものを見ている必要がある

別の場所で誰かと話すとき、
私は相手の意見を傾聴する。
そのうえで、自分で考えて、
その後の介入方法を検討する。
それが悪いことだとは思わない。

ただ、そこに熱量のある往復は生まれない。

当然のことだと思う。
相手は、私が見た患者さんを見ていない。
私も、相手の患者さんを見ていない。

話せるのは一般論か、
伝聞になった情報だけだ。

「この人の骨盤は、
 いまこの向きで」という話は、
その人を一緒に見ていなければ成立しない。
写真でも、カルテでも、
代わりにはならない。

熱量を持って語り合うには、
意志や勇気の前に、条件が要る。

同じものを、同じ場所で見ていること。

これがなければ、
どれだけ真剣な相手でも、
語り合いにはならない。

19年のあいだで、その条件を満たせたのは、
この場所だけだった。

制度のこと

理学療法士には、
登録、認定、専門という区分がある。

制度そのものを否定したいわけではない。
学び続ける仕組みは必要だし、
実際に高い専門性を持つ人が
いることも知っている。

ただ、ひとつだけ気になっていることがある。

区分ができると、
話す範囲まで区分されていくのではないか
ということだ。

運動器の人は運動器の話をし、
神経系の人は神経系の話をする。
それぞれの中では深い話がされている。

でも、
「この人はどう生きていて、
 いまどんな状態にあるのか」という話は、
どの区分にも属さない。
属さない話は、話す場所を持たない。

21歳のときに言われた
「わけることは本来ありえない」
という言葉は、
たぶんこのことも含んでいたのだと思う。

分けた瞬間に、
分けられないものについて語る言葉が、
行き場を失う。

正直なところ

お金は稼ぎたい。

これは本当のところで、
隠すつもりもない。

返すものがあって、
余裕があるとは言えない。
副収入を作れないかと、
いまも考えている。

週1回のその仕事も、
条件だけを見れば、割のいい話ではない。

それでも通い続けているのは、
理学療法士としての本質は、
いまのところあの場所でしか学べないと
感じているからだ。

21歳で分からなかった言葉が、
少しずつ線になっていく。

その途中にいる。

あと何年かかるのかは分からないし、
たぶん終わりはない。

区切らずにやってこられたのは、
私の意志が強かったからではない。

21歳であの言葉を受け取って、
11年かけて戻って、
いまも毎週
それを更新できる場所があるからだ。
自分の手柄ではない。

そういう場所を持てたことは、
運がよかったと思っている。

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トト|理学療法士 × 教員 今後の執筆活動に役立てたいと思います。

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