「給料が低い、会費が高い、研鑽より趣味に使いたい」という声
後輩や卒業生から、
こういう声を聞くことがあります。
給料が低い。
会費が高すぎる。
自己研鑽にお金を使うくらいなら趣味に使いたい。
以前の私は、
この言葉に違和感を持っていました。
専門職なのだから
学び続けるのは当然ではないか、と。
いまは、そう思っていません。
彼らが言っていることは、たぶん正しい。
そして、その正しさの理由は、
彼らが怠けているからではなく、
この職業が置かれている
構造のほうにあるのではないか。
この数年、そう考えるようになりました。
私は理学療法士として19年目になります。
病院、通所リハビリテーション(デイケア)、
訪問リハビリテーション、
自費リハビリテーションに関わり、
これらの現場を経て、
いまは養成校の教員をしています。
19年やってきて、年収は500万円ほどです。
この数字は、これから先も
大きくは変わらないだろうと思っています。
その位置から、
この職業がどうやって生まれ、
何を目指してきて、いまどこにいるのかを、
一度たどってみたいと思いました。
この職業は技術の発明から生まれたのではない
理学療法士がいつ誕生したのか。
これは、意外なほど簡単には答えられません。
日本については比較的はっきりしています。
1963年に
国立療養所東京病院附属
リハビリテーション学院が開校し、
日本で最初の理学療法士・作業療法士の
養成が始まりました。
1965年6月29日に
理学療法士及び作業療法士法が公布され、
同年8月28日に施行。
1966年に第1回国家試験が実施され、
183名の理学療法士が誕生しています。
まずは順番に注目してください。
養成が先で、法律が後です。
法律を作ってから
人を育て始めたのではなく、
すでに育て始めていたものを、
後から制度として整えた。
この順番には理由があります。
1965年の厚生白書には、
こう書かれています。
障害者への施策が
教育、医療、社会福祉、雇用などに分断され、
「相互の体系的な結びつきに欠ける」と。
そして医学的リハビリテーションについて、
傷病治療の早期から機能回復措置を
行える体制を整備し、
理学療法士・作業療法士その他の
専門技術者を養成する必要があると
明記されています。
https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1965/dl/02.pdf
つまり、新しい治療技術が輸入されたから
資格ができたのではありません。
医学が進歩して、命が救えるようになった。
その結果、生き延びた人の機能障害を
どうするかという問題が生まれた。
社会復帰、生活能力、
職業能力の回復が必要になった。
それを担う人材が要る。
教育水準を統一する必要がある。
だから資格を作った。
この職業は、
「治せるようになった後の問題」から
生まれています。
もうひとつ、当時の白書を読んで
意外だったことがあります。
1965年の厚生白書には
「結核のリハビリテーション」という
独立した項目があります。
治療医学の進歩によって
重症結核患者も
生存できるようになった一方、
呼吸機能が大きく低下した回復者が生まれ、
社会復帰が新たな課題になったと
書かれています。
https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1965/dl/02.pdf
脳卒中や整形外科疾患だけを想定して
作られた資格ではなかったということです。
60年で見るべきものは広がった
1965年の法律は、理学療法をこう定義しました。
身体に障害のある者に対して、
主として基本的動作能力の回復を図るため、
運動や電気刺激、マッサージ、温熱などの
物理的手段を用いること。
そして理学療法士を、国の免許を受け、
医師の指示の下に理学療法を
業として行う者と定めました。
この定義は、2026年のいまも、ほぼそのままです。
一方で、社会が理学療法士に求めるものは
大きく変わりました。
2001年、WHOが
ICF(国際生活機能分類)を採択します。
人を「病気→機能障害→能力低下→社会的不利」
という一方向で見るのではなく、
健康状態、心身機能・身体構造、活動、参加、
環境因子、個人因子の相互作用として
生活機能を捉える枠組みです。
厚生労働省は2002年の日本語版公表時に、
これを障害のマイナス面を中心とする考え方から、
生活機能というプラス面への転換であり、
環境因子を加えたものと説明しています。
2015年には、厚生労働省が
高齢者リハビリテーションについて、
「心身機能」「活動」「参加」に
バランスよく働きかけることを求め、
最終目標として家庭や社会への参加、
生きがい、自己実現、QOL向上まで掲げました。
同じ報告書の中で、
理学療法士・作業療法士・言語聴覚士について、
「どのようなところでも、
どのような時でも、
生活機能の向上を支援する専門職」と
表現しています。
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/0000081900.pdf
法律の定義は1965年のまま。
しかし求められる役割は、
身体機能から、活動、参加、環境、
その人の人生にまで広がった。
理念の上では、理学療法士は
「人の生活を支える職業」になりました。
しかし現場はそうなっていない
ここからが本題です。
あるとき、通所リハビリテーションの現場を
見る機会がありました。
そこで行われていたのは、
ほとんどの利用者に対して、マッサージをして、
歩行器や杖で歩く練習をする、というものでした。
歩行練習そのものが悪いわけではありません。
問題はその中身です。
細かい指導がない。
どこを見て、
何を修正しているのかが分からない。
そして何より、
その人がどうなってほしいのかという語りが、
どこからも聞こえてこない。
家でどう過ごしているのか。
何ができなくて困っているのか。
どこへ行きたいのか。
それを踏まえて環境を整えたり、
福祉用具を提案したり、
実際に手配するところまで行う人がいない。
提案で終わる。あるいは、提案すらない。
私はこれを、特定の施設の問題として
書くつもりはありません。
似た光景は、他の場所でもありました。
そして厚生労働省自身が、
10年前に同じことを指摘しています。
2015年の検討会報告書は、
「心身機能」「活動」「参加」に
バランスよく働きかけるべきと述べた直後に、
こう書いています。
ほとんどの通所・訪問リハビリテーションでは
身体機能に対する機能回復訓練が継続している、と。
さらに、
「リハビリテーション=運動訓練」という
誤った認識が、国民だけでなく、
リハビリテーション提供者や
行政職員にも残っていると明記しています。
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/0000081900.pdf
理念としては生活を見る職業になった。
しかし実際には、機能訓練で終わっている。
それを厚労省自身が把握している。
これは私の印象論ではなく、
行政文書に書かれていることです。
学生が先に気づいていた
もうひとつ、書いておきたいことがあります。
私は養成校で教えています。
学生を実習に送り出すとき、
こう伝えていました。
個別性のある理学療法こそが、
リハビリテーションにつながる。
それは重要で、しかし簡単なことではない。
介護保険領域の理学療法士たちは、
そこで大変な苦労をしている。
だから、よく見てきてほしい、と。
実習から戻ってきた学生が、
違和感を口にしました。
そこで行われていた介入が、
学生の自分でも思いつく内容だった
というものでした。
これは私にとって、かなり重い出来事でした。
私が教えたことと、
現場で行われていることが食い違っていた。
しかも、その食い違いに最初に気づいたのは、
まだ資格も持っていない学生です。
そして、その学生を送り出したのは私です。
私は教員としてその言葉を伝えた側であり、
同時に、その現場を作ってきた
業界の一員でもあります。
学生に「現場は違いました」と言われたとき、
返せる言葉がありませんでした。
なぜそうなるのか
私は長いあいだ、
これを個人の姿勢の問題だと考えていました。
勉強していないからだ、意識が低いからだ、と。
いまは、そうではないと思っています。
医療保険下の理学療法では、
疾患別リハビリテーション料が算定されます。
ここで重要なのは、
この価格を市場が決めていないということです。
診療報酬は国が決める公定価格です。
そして疾患別リハビリテーションでは、
療法士1人あたり1日18単位を標準、
週108単位、1日24単位を上限とする構造が
維持されています。
ここに、この職業の構造的な問題があります。
経験1年の理学療法士が18単位を実施しても、
経験20年の非常に優れた理学療法士が
18単位を実施しても、
その単位の価格は基本的に同じです。
認定理学療法士でも18単位。
専門理学療法士でも18単位。
臨床推論に優れていても18単位。
患者の生活まで見て環境調整まで行っても18単位。
一方で、個別性のある介入には時間がかかります。
その人の生活を聞き、家の状況を把握し、
家族と話し、福祉用具を検討し手配する。
この作業は、単位数にはなりません。
やらないほうが効率がいいという構造が
制度側に用意されている。
念のため書いておくと、
単位制が賃金を何パーセント押し下げたか、
という因果を示した研究は確認できていません。
これは制度から導ける
経済的な仕組みとして述べています。
しかし、この構造が
現場の行動に影響していないと考えるほうが、
私には不自然に思えます。
若手の声は症状であって原因ではない
ここで、最初の話に戻ります。
給料が低い。
協会費が高い。
研鑽より趣味に使いたい。
この声を、私は長いあいだ
「意識の問題」として聞いていました。
しかし、いま整理してきた構造の中に置くと、
まったく違って見えます。
日本理学療法士協会の統計では、
2026年3月31日時点で会員144,943人のうち、
認定理学療法士が16,473人、
専門理学療法士が1,855人となっています。
多くの理学療法士が、
専門性を高めるという選択をしています。
しかし、認定理学療法士を取得すれば
平均年収がいくら上がるのか、
それを示す公開データは見つかりませんでした。
むしろ日本理学療法士協会自身が、
政府に対して、
登録・認定・専門理学療法士による
質の高いサービスを診療報酬等で
評価してほしいと要望しています。
https://www.japanpt.or.jp/info/asset/pdf/r6_1121_youbousho_c.pdf
これは裏を返せば、
資格を取って能力を高めても、
その価値が現在の報酬体系では
十分に金銭化されていないということです。
協会がそう認識しているから、
国に要望している。
だとすれば、若手の言っていることは、
こう翻訳できます。
「学んでも報われないなら、
限られた時間とお金を、
自分が満たされることに使いたい」
これは怠慢ではありません。
構造に対する、合理的な適応です。
そして機能訓練で終わっている現場も、
同じ構造の中にあるのではないか。
個別性のある介入は時間がかかり、
評価されず、単位数にならない。
やらない理由が、制度側にある。
私が「意識が低い」と思っていたものは、
意識の問題ではなかったのかもしれません。
それでも私は研鑽を積むべきだと考えている
ここまで書いておいて、
矛盾したことを書きます。
私は、それでも学び続けるべきだと考えています。
理由をうまく説明できません。
構造がそうなっているのだから
合理的に振る舞えばいい、というのは正しい。
それでも、目の前の一人に対して、
できることが増えていくことに
意味があると思ってしまう。
私はいま、19年前に実習で担当してくださった
指導者の施設に、週1回通っています。
そこで、いまも教わっています。
触れ方、見る場所、環境の整え方。
分からなかったことが、
少しずつ分かるようになる。
その時間には、
はっきりとした手応えがあります。
一方で、虚しさもあります。
19年やってきて、年収は500万円ほどです。
この数年、その虚しさは強くなっています。
徐々に、確実に。
だから私は、いま副収入を探しています。
理学療法士としての仕事とは別に、
収入を作れないかと考えています。
研鑽を積むべきだと考えている自分と、
虚しさから副収入を探している自分が、
同時に存在しています。
このふたつは、私の中でまだ折り合っていません。
この問いを渡したい
だから、この文章には結論がありません。
構造は個人では変えられません。
協会は診療報酬の引き上げや資格評価を
国に要望している段階にあります。
それが実現するかどうかは、私には分かりません。
学び続けるべきだ、とも言えません。
私自身が、その理由を
うまく説明できないからです。
ただ、ひとつだけ思っていることがあります。
構造を知らないまま
「意識が低い」と言われるのと、
構造を知ったうえで自分の選択を決めるのとでは、
まったく違うということです。
若手が「研鑽より趣味に使いたい」と言うとき、
それを責める前に、
なぜそう言うのかを見たほうがいい。
そして、そう言う本人も、
自分がどんな構造の中にいるのかを
知っておいたほうがいい。
そのうえで、聞いてみたいことがあります。
あなたは、
なぜこの仕事を続けているのですか?
私は答えを持っていません。
19年やって、まだ持っていません。
だから、この問いを渡したいと思いました。
同じ問いを抱えている人が、
他にもいるはずだと思うから。
参考にした資料
本記事の制度・歴史に関する記述は、
以下の一次資料・公的資料に基づいています。
厚生労働省「理学療法士及び作業療法士法」 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=80038000
厚生労働省「昭和40年版 厚生白書」 https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1965/dl/02.pdf
厚生労働省「国際生活機能分類(日本語版)」 https://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html
厚生労働省「高齢者の地域における新たなリハビリテーションの在り方検討会報告書」 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/0000081900.pdf
厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_70195.html
日本理学療法士協会「生涯学習に関する統計情報」 https://www.japanpt.or.jp/pt/lifelonglearning/statistics/
日本理学療法士協会「令和6年度 政策・税制改正要望書」 https://www.japanpt.or.jp/info/asset/pdf/r6_1121_youbousho_c.pdf
WHO, International Classification of Functioning, Disability and Health https://www.who.int/standards/classifications/international-classification-of-functioning-disability-and-health
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