「電子書籍には無理」な読書体験に、新幹線でため息をついた
こんにちは。本屋を始める夫婦の夫です。
このnoteでは僕たち夫婦が本屋を始めるための軌跡を伝えるため、どんな本屋をつくろうか考えたり、本屋を訪れたり、本屋に関する本を読んだり、本屋を始めるための資金調達や物件取得について調べたことや進捗を共有したりしていたのですが…
今回の記事は、本屋を始めることとは、あんまり関係ありません。
(最後には関係するのでご安心を)
僕は二十歳くらいまでは小説をよく読んでたのですが、社会人になってからはめっきり読む機会が減ってました。広告代理店を経て金融分野でマーケティング職に就いているので、広告・マーケティング・ビジネス・金融分野の本が6割。
3割がアートや歴史、科学など。残り1割がその他、という感じ。
そんな僕が、飲み会の時、同僚に「最近小説読めてないんだよね。読む時間も限られてるし、どうしても優先順位が低くて、たまに買っても積読になるのがほとんど…」みたいな話をしていて、
「だったらこれ読んでみれば」と薦められた一冊。
この間、妻と名古屋旅行に行った時、新幹線の中で読みました。
それがこちら。

藤崎 翔さんの「逆転美人」
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飲みながら話していたので、どんな感じでお勧めされたのかはあんまり覚えてない。ただその場でAmazonに入れていたみたいで、翌日購入。
誰かの独白で始まる。何か事件が起きて、当事者がその後日譚を語っているのだとすぐにわかる。
(ネタバレはないのでご安心を。匂わせはあるのでご注意を)
『教え子の母を狙ったわいせつ教師逃走 美人シングルマザーを狙った凶行』
『被害者の美人母子 美しすぎるのは不幸か』
自分で書くのも恥ずかしいのですが、このような見出しが、週刊誌やスポーツ新聞をいっとき賑わせていました。
<中略>
私は報道されている通り、美人に該当する人間です。
<中略>
でもそれが、私の人生に重くのしかかり、不幸を招き続けているのです。
こんな感じで始まる物語。
おそらく、美人であるが故に性加害に巻き込まれた、被害者の独白なんだろう。「美人がゆえの不幸」に焦点を当て、現代のルッキズムを別の角度から切り込む感じか、と思って読み始める。
文章は読みやすい。短くてわかりやすくてリズムが良くてサラサラ読める。
が、あまりにも単調なリズムに、途中から「ちょっと大丈夫か?物語として成立してる??」と不安になってくる。それくらい、淡々淡々と、同じようなリズム、テンション感で、抑揚なく、さーっと進んでいく感じ。
で、まあ同僚に薦められたものだし、新幹線の中で他に読むもの持ってないし、と思ってそのまま読み進めていました。
良くも悪くも淡々と進んでいくので、気持ちがいいくらいにページが進む。常に主人公の目線で語られているので物語もシンプル、登場人物も少ない。章立て的なものもほとんどなく、本当にさーっと進んでいく。
ひょっとして同僚は、最近小説を読めていない僕のリハビリを兼ねて、ただただ読みやすい小説を教えてくれたのだろうか…
あっという間に7割くらい読み進めることができた。
で、273ページ。ようやくここで章立てが変わる。
ここからちょっと雰囲気が変わる。数ページ読んですぐ「あ、もしかして」と感づく。
ははーん。そういうオチね。読めたぞ。了解了解。
いやほんと、そんな感覚。
そしてそのまま読み進める。おお、思ったより深い伏線だったな、と思う場所はあったけど、概ね、僕が予想した通りのオチだろうな。ただ、それにしては結構まだページ数が残っているな…
と思いながら読み進めて残り20ページくらいまできて、
「え、、は??は??嘘でしょ?まじで?さすがにそれはないやろ」
と思って、さらに数ページ読み進める。
残り20ページもないのでテンポ感が早い。「嘘でしょ???」と思った数ページ先で完全にネタバラシされた時に「ほんまやん…」とあまりの凄さに新幹線(この部分を読んでいた時は帰りの新幹線。妻は隣で寝ていた)の中で深いため息がでた。
いやあ、、、
あまりの凄さに息が出るって、長らく経験していない。というか初めてかも。
凄さに驚くとか、テンション上がるとかじゃない。見事な伏線回収で感じる気持ち良さでも、ミステリーで感じる「やられたー」という感じでもない。
ただただ、あまりの凄さにため息が出る。本当に。
冒頭からのやたらと淡々とした感じ、一定のリズムでさーっと進んで、章立てもなければ抑揚もない感じ。
正直、リズムよく読み進められるから気にならなかったけど、めちゃくちゃ面白いストーリーかというと微妙。淡々としすぎている割に、パンチが強いエピソードが飛び込んでくる。そして、パンチが強いエピソードが飛び込んでくる度に、語り手である主人公に共感できなくなってくる。
そこにもちゃんと意味があった。というか、淡々とした文章をテンポよく一気に読んで、正直オチも読めるくらいわかりやすい構成だからこそ、最後の本当のオチが予想外すぎて、、、ほとんど読み飛ばす勢いでさーっと読んでいた文章全てにそんな意味があったのか、、、と、ため息が出る。
週明け、同僚にいい本と出会わせてくれたことに感謝を伝えました。
藤崎 翔さんの「逆転美人」を読んで強く確信したことは、「紙の本にできることはまだまだある」ということ。
「逆転美人」の根幹に触れる部分だから詳しくは言えないけど、これは紙の本でしかできない体験。電子書籍じゃ無理だし、映像化、コミカライズ、他のあらゆる形式では不可能な体験ができた。
僕たちは「本屋をやる」と宣言し、そのために動いているわけで、つまりは「紙の本」を売って生きていくことになる(カフェや雑貨、イベントとかもあるけれど)。
そんな中、「紙の本」にしかできないこと、「紙の本」だからこそ味わえる体験にどんなものがあるか、藤崎 翔さんを見習って考えたい。僕の考えが及んでいないだけで、「紙の本」にはまだまだいろんな価値があると思う。ノスタルジーとか、利便性とか、コレクション欲とか、そういうのじゃなくて、誰もが明確に「やっぱ紙の本って価値あるわ!」と思えるような体験。
僕は作家ではないので間接的にだけど、本屋という紙の本と出会う場所で、そんな体験を届けられたらと思う。
わかりやすいアイデアだと、光文社新書のしおりとか。

光文社新書は僕の知識欲を刺激するいい新書をたくさん出してくれているんだけど、新書を買うと大体しおりが挟まっていて「知は、現場にある」と書かれている。
しおりを挟んで本を閉じて、また開く時にこの言葉が目に入ることで、多くの人が現場で泥臭く研究したり、実験したり、仮説を立てたりして見つけていた「知」の種が、育ち、花開き、磨き上げて凝縮したものがこの本なんだと思わせられる。
同時に、僕がこの本を通じて得た知識も、ただ知識欲を満たして満足するだけじゃなくて、僕自身が関わる「現場」に還元して、新たな「知」の種を撒くために使っていこう、と思うことができる。
しおりは小休止の記録。そこに戻ってくる時にこうした言葉を投げかけてくれる紙の本には価値があると思う(電子書籍でも機能開発すれば似たようなことができるけど…)。
他にも仕掛け絵本とか、フォントや段組で遊んだり、紙の本ならではの表現はいろいろある。本を読む、という行為そのものに対しても、うまく言語化できないだけで、紙の本ならではの価値、体験がきっとあると思う。
調べればすぐわかる時代、AIに聞けば答えを教えてくれる時代に、「紙の本」でしかできない体験や価値は、最高に贅沢な娯楽になると思う。少なくとも、僕はAIとやり取りしていて、すごいと思うことはあっても「凄すぎてため息が出る」という経験はまだないし、多分これからもないと思う。
本屋もそう。Amazonの方が便利。たまにいくにしても大型書店の方が面白い。
でも、小さな町の本屋にしか果たせない役割や、小さな町の書店でしかできない体験がきっとある。僕らはそれを見つけて、発信していかないといけない(僕たちがやりたい小さな本屋でしかできない体験について、アイデアはあるけど、まだいまいち言語化できていないと感じる)。
藤崎 翔さんの「逆転美人」に施された仕掛けは、全く思いつきもしなかったけど、本当に紙の本でしか不可能な表現だった。
何百年と変わらないフォーマットで、ありとあらゆる試行錯誤が繰り返された紙の本でも、まだまだ試行錯誤の余地がある。読者に全く新しい体験を届けることができる。
そう考えると、本屋にできることには、まだまだたくさんの余白が残されているように思う(少なくとも、無数の人が無数の試行錯誤を行い続けてきた本というメディアに比べたら、本屋の試行錯誤はまだ始まったばかりだと思う)。
その余白の一部を埋めにいこう。
追伸:紙の本の『魔法』体験、募集
僕は今回、久しぶりに小説を読んで、「紙の本でしかできないこんな体験があったのか!」と鳥肌がたちました。ビジネス書や実用書ではそうした遊びが少なく、正直、そうした本は電子書籍でも同じような体験ができると思います。
ですが、本屋を始める人間として、紙の本にしかできない体験はぜひ探していきたいし、そこから「本屋にしかできない体験」を考えていきたいと思います。
あなたが今まで読んだ本の中で「これは紙の本でしか味わえない!」と鳥肌がたった経験があれば、ぜひ教えてください。すぐ買って読みます👍
藤崎翔さんの「逆転美人」は本当におすすめなので、読んでいない方はぜひ。普段小説を読まない人ほど、ため息が出るほど感動すると思う。
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