川村美術館で「分からない」を浴びて来た
川村美術館に行ってきたよ〜
気になったものだけつらつらと書きますね。
マーク・ロスコの〈シーグラム壁画〉
106番
通称「ロスコルーム」と呼ばれるロスコの壁画のような絵画を並べるためだけの部屋。
評判だけは聞いていたので、どんな部屋なんだろう!とわくわくしてた。
入ってみると暗い部屋にどす黒い赤茶の壁画がどん、どん、どん、と並んでいて、「お、おう」ってなった。なんだこれ、全然わからん。響く予感が皆無。まあ今日は「分からない」を浴びに来ましたし…とのんびり構えて佇んでると、なんだか温かい。実際にこの部屋は空調が少し温かかった。それは絵の為なのか何かを感じて欲しくてその気温なのかは分からないんだけど、その温かい空調の中でぼーっと眺めてると何だか安心感…?広いお風呂に潜ってふわ〜ってなってる感じ?心地よい閉塞感。窓のような柵のような枠が描かれてるんだけど、これが閉塞感と関係あるのかな。胎内ってこんな感じかも、と思ったらそうとしか思えなくなってしまった。胎内から外の光を感じるのってこんなかな。
説明欲しい!と思うけど、何かを感じたらそれがその人の今の正解なんだよね。次に行ったらまた感じ方も変わるんだろうな。そのときには不穏で怖くなるかも知れない。そう思うと数年後に見たくなる。川村美術館が存続されますように…。
西川勝人 静寂の響き(企画展)
"抽象的なフォルムをもつ彼の白い彫刻は、木や石膏を用いた簡素な構造ながら、表面に淡い陰影を宿し、周囲の光や音さえもそっと吸い込んでしまうように、ただ静かにあります。存在を声高に主張することも、個性を高らかに示すこともしません。写真や絵画など、彫刻以外の制作においても、これは変わることのない最大の魅力です。"
現代アートってぜ〜んぜん分からないから本当に期待してなくて、分からないなーで終わるだろうと思ってたら意外やよかった〜!硝子のホウズキが窓の外の緑と合ってる、というか境界線が曖昧になる感じがよかった。もしホウズキにしっかり色がついてたら中に置いてある物と外にある緑、とはっきり分かれてしまったと思う。ここに展示するって計算して作られてるのかな?
同じ部屋にあったアクリルガラスを五枚位重ねた作品もよかった。いろんな色のパターンの重なりが一面にあるので、漠然と行ったり来たりするもよし、一枚を狙って行ったり来たりするもよし。晴れてたらまた違うんだろうな〜。ある一枚は斜めから見ると緑なのに近づいていくと後ろに重ねられたオレンジが主張し始めて別の色になるのが面白くて、歩きながら色の移ろいを味わった。
別の部屋にも同じ方の展示があって、どれもよかった。
見終わってタイトルの「静寂の響き」がぴったりの表現だったと思った。タイトルって大事だねえ…。私はとてもじゃないけど考えられない。noteのタイトルすら困ってる。
で、なんだかんだで忘れられないのが
パブロ・ピカソ 「肘掛椅子に座る女」1927年
はじめは「全然分からないけどピカソだからよく見ておこう」くらいだったんだけど、(ピカソが有名だからではなく、過去にピカソのゲルニカで号泣した事があるので、ピカソのことはずっと気になっているのです)。観てるうちに「肘掛け椅子で寝るとさ…酷い姿勢になってくよね…」とか、「そんでだんだん口あんぐり開けちゃってさ」「肘掛け椅子と溶け合うようにぐにゃあってして…」と自分や家族の肘掛け椅子で寝てる様子を思い浮かべてたら……、わ、分かる気がするこの絵の言いたいこと…!となって来て、一日掛けてじわじわ来てる。でも、この「分かったような感じ」がなんだか悔しい。素直に「やっぱりピカソってすごいんだ〜!↑↑↑」とかじゃなくて「ぐぬぬぬ、ピカソ……!やはりすごいのか……!くっ……!」みたいな感じ。自分でも何と戦ってるのかよく分からない。
こんな感じで「分からん!」をたくさん浴びて来ました。良質な「分からん!」だったと思います。
これは美味しくて素敵なお茶室のお抹茶と上菓子


