中年の危機を乗り越えたと思ってた小児科医、全然乗り越えてなかった。
中年の危機を乗り越えたと思って幸福論について語り始めたのに、今朝3時に目が覚めて将来への不安に押しつぶされそうになった中年小児科医の100歳で二郎です。
不安で目が覚めるのは久しぶりだったので、びっくり。
ぜんぜん中年の危機を乗り越えてないじゃん!
ーーー以下夜中に目覚めて頭の中でループする将来への不安ーーー
小児科医になって20年超えました。
天職です。
ライフワークです。
ライスワークとしても理想的。
小児科を選んだ時には、少子化が叫ばれ「子どもが減るから小児科はやばいって。」「激務だわ、不採算部門で大変だよ。」等々の助言がありました。
でも、「いやー、子どもがさらに大切にされるでしょ、小児科医はこれから来るよ。」と逆張りで小児科医になって大正解。
某子ども病院宴会診療部で小児科専門医をとった後は、都内の地域中核病院に勤務。
小児科医も集約化だ!と先進的な考え方の小児科部長の元、どんどん加算がついたらしく、小児科医の仲間も増え当直後には帰れる体制構築。
NICUでも小児科病棟でもチームで重症患者さんの対応も出来るし、どうしても困れば成育とか都立に搬送したり、搬送チームにお迎えに来てもらったりも。
居心地が良すぎて5年間過ごしましたが、いい加減宴会診療部からの後輩達に席をゆずるために卒業を決意。
40歳前に子ども達をグローバルに育てたい!!とシンガポールでの勤務を目指すも枠がいっぱい。代わりに上海のクリニックで勤務。
4年務めて、このままクリニック勤務だと小児科医としてのスキル維持が出来ん!!と、都内の地域中核病院。
3年務めて、子どもの発達や児童心理を診れる専門性を身につけるべ、と思った矢先の念願のシンガポールからのお誘い。。。
数年働いたら日本で開業するつもりだったけど、気がつけばシンガポール生活5年目に突入する48歳。
グローバルに子育て!!とか思ってたけど、結局純ジャパで育てて海外に行きたかったら自分の力で頑張れ!!スタイルで育てて来た子ども達も、大学は日本に行く可能性大。
そろそろ本帰国してからを考える必要が出て来てます。
M3のエージェントさんに年1回位小児科医の勤務状況聞いたり、クリニック継承情報登録して週数回継承情報もらったり、医師転職コンサルタントさんのnoteフォローしたり、実際にZOOMで相談させてもらったり、Kindle unlimitedで開業関連の本を全部読んだり。
最近は開業している先生方のnoteやXを熟読してます。
クリニック開業、、、逆風吹きまくってませんか?
各種コストも人件費も高騰、からの医療費削減。
スタッフ募集とか労務管理も大変そう。。。
そもそも自分の小児科診療スタイル、お金にならんのです。
最小限の検査と投薬、説明超重要って、開業して借金返せるのでしょうか?
スタッフ雇わず、支払いもキャッシュレスのミニマム一人開業。。。あまり楽しくなさそう。
あとは、、、開業するなら都内ですけど、開業数年後に徒歩10分の場所にキャップスクリニック等大手クリニックがオープンとかもあり得る訳ですよね。。。
まあしばらくは雇われ小児科医でも大丈夫だろうと信じてますが、例えば10年後58歳のおっさん小児科医を雇ってくれるのか。。。
自分が経営側だったらおっさんはいやだなあ。。。
え、じゃあどうすんの?
医者なのに10年後働く場所あるのかな?
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みたいな不安がループする訳です。
未明3時に。
まあ、こんな不安と葛藤してはや5年、慣れました。
中年の危機に対して七転八倒してきたなかで、マインドフルネスが使えるようになった気がしています。
”今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること”
まずは自分が不安を感じていることとに意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観る。
「ああ、将来のキャリアへの不安を感じてますのお。。。久しぶりだなあ、、、不安をループさせても仕方がない、、、とか評価もしないでただ浮かんでくる感情や思考を観よう。。。あ、ループ止まった。。。じゃあ、、、寝るか。。。呼吸に集中して、眠気が来たら身を任せよう。。。うん、、、不安、、、不安が来たね。。。不安・不安、手放して、呼吸を観る、、、あ、眠気、、、眠気、、、は手放さない、、、」
みたいな感じで寝れました。
自分の感情や不安は、evernoteに書くことでストレス解消になってました。
が、せっかくなのでnoteで書いて成仏させてみます。
10年後、、、何やってんのかなあ。。。
