あの時、もう少し違う未来があったかもしれない話
夜って、どうしても「もしも」に手が伸びやすい。
ふとした瞬間に、あの日の場面だけが切り取られて、鮮明に戻ってくる。
もっと素直に言えばよかった。
あのLINE、送らなければよかった。
引き止めるんじゃなくて、笑って見送れていたらよかった。
逆に、強がらずに「寂しい」って言えていたら、何かが変わっていたかもしれない。
そういう“たられば”は、いちばん静かな顔をして、心の奥に残るんだと思う。
たとえば、駅のホームで。
改札の前で。
エレベーターの閉まるボタンを押した指先の感触で。
もう戻れない時間が、急に身体のほうから思い出されることがある。
「違う未来があったかもしれない」って思うのは、
自分を責めたいからじゃなくて、
まだその恋が、あなたの中でちゃんと大切だったからかもしれない。
“あの時”って、いつも少し特別に見える。
選び直せるような気がして、やり直せるような気がして。
でも、あの時のあなたは、今のあなたみたいに先を知らなかった。
失う痛みも、後悔の形も、どれくらい眠れなくなるかも、知らなかった。
知らないまま、なんとかやっていた。
その時点で持っていた言葉と勇気と体力で、
ちゃんとその場に立って、ちゃんと選んで、ちゃんと耐えていた。
それって、思っているよりずっと、健気なことだよ。
心って、不思議で、つらい出来事があると、
「自分がコントロールできた場所」を探したがることがある。
本当は相手の事情も、タイミングも、運の要素もあったはずなのに、
それだとどうにもできなさすぎて、怖いから。
だから、
「私がこうしていれば変えられた」
という形に、痛みをまとめようとする。
それは、あなたの弱さじゃない。
心が壊れないための、静かな工夫みたいなもの。
だけど、その工夫が長く続くと、
気づかないうちに「罪」みたいに胸に居座ってしまう。
「私のせいで終わった」
っていう、重たいラベルを貼ってしまう。
本当は、“ふたりの出来事”だったのにね。
違う未来があったかもしれない。
それは、たしかに、ある。
でも同時に、今の未来も、ちゃんと現実としてここにある。
あなたが生き残った未来。
泣きながらでも、息をしながらでも、ちゃんと今日まで来た未来。
それは、勝ち負けじゃなくて、
「ここにいていい」っていう事実。
もしも、が浮かんできたら、
心の中で小さく言ってあげてほしい。
「うん、そうだよね。違う未来もあったかもしれないね」
「でも、あの時の私は、あれが精一杯だったよね」
否定しなくていい。追い払わなくていい。
ただ、そっと隣に座るみたいに、受け止めてあげる。
夜は、思い出の輪郭を強くする。
だから「もしも」も強くなる。
でも、朝になると、少しだけ薄まる。
薄まるって、忘れることじゃなくて、
抱えられる重さになるってことなんだと思う。
あなたが今も「違う未来」を想像できるのは、
それだけ真剣に愛していた証拠で、
それだけ本気で、幸せになろうとしていた証拠。
その心を、責めないで。
抱きしめるまではできなくても、
せめて冷たい言葉で叩かないで。
今日のあなたは、今夜のあなたを守る役目があるから。
最後に、あたたかい一言を置いておくね。
「もしも」を考えてしまう夜は、あなたが優しかった夜でもあるよ。
読んだあと、深呼吸をひとつだけ。肩の力、少しだけほどけますように。
▼もし少しでも心が楽になったらスキやフォローがほんの少しの支えになります。しんどい恋を抱えた人が「少し休める場所」になるような文章を、これからも書いていきます。
