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周りが幸せそうに見える日

そういう日は、だいたい静かに来ます。
電車の窓に映る自分の顔が、少しだけ疲れて見えたり。
SNSを開いた瞬間、笑顔と花束と旅行の写真が流れてきたり。
街のカフェで、隣の席のふたりが楽しそうに笑っていたり。

「みんな、ちゃんと幸せそう」
その一文が胸の奥で、じわっと重くなる日。

本当は比べたいわけじゃない。
誰かの幸せを、妬みたいわけでもない。
ただ、自分のところだけ灯りが消えているみたいで、心細い。
そんな夜がある。


周りが幸せそうに見えるとき、私たちの心はとても器用に“編集”を始めます。
他人の人生の「明るい場面」だけを切り取って、
自分の人生の「うまくいってない場面」だけを並べてしまう。

しかもそれを、証拠みたいに扱ってしまうんだよね。
「ほら、やっぱり私だけ」って。

でも、そこでちょっとだけ思い出してほしい。
あなたが見ているのは、誰かの“幸せの一瞬”で、
あなたが見ているあなた自身は、“幸せじゃない瞬間の連続”みたいになってる。
それは、比較の条件が最初から違う。

たとえば、映画の予告だけ見せられて
「この人の人生、最高だな」って思うようなものかもしれない。
本編には、ちゃんと泣くシーンも、喧嘩するシーンも、
ひとりで落ち込む夜も入っているのに。


それでも、目の前で笑っている人が眩しいときは、眩しい。
その眩しさは、あなたの弱さじゃなくて、
「いまの自分に足りないもの」を見つける感度が高いってことでもある。

心って、元気があるときは「他人の幸せ」を祝えるけど、
余裕がないときは、それが刃みたいに見える。
それは自然な反応で、あなたが意地悪なわけじゃない。

むしろ、その反応が出るくらい、
あなたはずっと頑張って、耐えて、気を張ってきたんだと思う。


周りが幸せそうに見える日に、無理に前を向かなくていい。
その代わり、今日は“比べる”を少しだけ休んでみよう。

・SNSを閉じて、深呼吸をひとつ
・温かい飲み物を手で包む
・部屋の明かりを少し落として、好きな音を流す
・「私は今しんどい」って、心の中で言ってあげる

大きなことじゃなくていい。
「今日を乗り切るための、小さな保温」みたいなものを、あなたに渡したい。


そして、ひとつだけ。
周りが幸せそうに見える日に感じる寂しさは、
あなたが“ちゃんと幸せになりたい”と思っている証拠です。

幸せを諦めた人は、眩しさに痛みを感じない。
痛いってことは、まだ心が生きている。
ちゃんと望んでいる。
だから、今夜のあなたは、何も間違ってない。


もしよかったら、最後に自分へひとことだけ。
「今日もよくやった」じゃなくていい。
「今日も、ここにいてくれてありがとう」くらいの温度で。

周りが幸せそうに見える日ほど、
あなたの心は、あなたの味方を必要としているから。

温かい一言を置いておくね。
今夜は、比較の波から少しだけ離れて、呼吸がしやすい場所に戻れますように。

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しんどい恋を抱えた人が「少し休める場所」になるような文章を、これからも書いていきます。


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