「羨ましい」と「つらい」が、同じ部屋にいる夜
誰かの幸せそうな報告を見た瞬間、胸がきゅっと縮む。
「いいな」って思った、ほんの一秒あとに、もう苦しくなる。
羨ましい。
なのに、つらい。
その二つが同時に湧いてきて、どっちの気持ちも持て余してしまう夜がある。
そしてさらに苦しいのは、
「羨ましいなんて思う自分って、嫌だな」って、自分を責めてしまうことだったりする。
羨ましい、っていう感情は、案外やさしい顔をしていない。
でも、本当はとても人間らしい。
だってそれは、「自分もそうなりたかった」っていう願いの形だから。
たとえば、友達の結婚。
たとえば、恋人との旅行。
たとえば、誰かに大切にされている空気。
それを見て、羨ましいと思うのは、
あなたの中に「同じようにあたたかい場所がほしい」っていう気持ちがまだ生きているから。
…なのに、つらい。
それは、羨ましさが、あなたの“足りなさ”を照らしてしまうから。
「私はまだここにいない」
「私は今、それを持っていない」
その差が、痛みになってしまう。
羨ましい気持ちは、憧れの方向を指してくれるのに、
同時に“現在地”もはっきりさせてしまう。
だから胸が苦しくなる。
この気持ちがややこしいのは、
羨ましい相手のことを、嫌いなわけじゃないこと。
むしろ、好きだったりする。
ちゃんと幸せになってほしいって思ってる。
それでも、見ていられない瞬間がある。
それは、あなたが冷たいからじゃない。
心が弱いからでもない。
ただ、いまのあなたが、いっぱいいっぱいなだけ。
自分の痛みがまだ、治りきっていないだけ。
傷の上に、誰かのまぶしい光が落ちたら、
痛むのは、自然なことだった。
少しだけ、心理学っぽい言い方をすると、
人は「比べる」ことで自分の位置を確かめることがある。
比べたくなくても比べてしまうのは、
あなたが今、安心できる足場を探している途中だから。
心が不安定な時期ほど、周りの幸せが眩しく見える。
その眩しさは、相手の強さというより、
自分の余裕のなさを映してしまう鏡みたいなもの。
だから、羨ましいと思った日は、
「わたし、疲れてるんだな」って、そっと気づいてあげてほしい。
羨ましい=性格が悪い、じゃない。
羨ましい=今のわたしが、助けを求めてるサイン、かもしれない。
もし今夜、SNSを見て苦しくなったなら、
その画面を閉じるのは、逃げじゃない。
心の呼吸を守るための、小さな手当て。
羨ましい相手から離れるというより、
傷ついている自分のそばに戻る、って感じに近い。
そして、心の中でこう言ってあげてほしい。
「羨ましいね。つらいね。どっちも、ほんとだね」って。
どちらかを消そうとしなくていい。
二つの感情が同居しているのは、あなたがちゃんと感じている証拠だから。
羨ましい気持ちは、あなたの願いを教えてくれる。
つらい気持ちは、あなたの痛みの場所を教えてくれる。
どちらも、あなたを責めるためにあるんじゃなくて、
あなたが自分を大切にするための、静かなメッセージかもしれない。
今はまだ、同じ部屋に二つの感情がいて、落ち着かないかもしれない。
でも、その夜が続くほど、あなたが弱いわけじゃない。
“羨ましい”って言える人は、
まだちゃんと、心のどこかで希望を捨てていない人だと思う。
今夜は、無理にきれいに整理しなくていい。
苦しくなったら、胸に手を当てて、ひとつ深呼吸して。
「わたし、ちゃんと頑張ってる」って、少しだけ認めてあげよう。
読んでくれてありがとう。
この文章が、あなたの息をほんの少しだけ整えるものになっていたらうれしいです。
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