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伊坂幸太郎『マイクロスパイ・アンサンブル』|あの人が幸せでありますように。

圧倒的な感動やハラハラはないけれど、ほんのり心が温かくなるような、この世界よりちょっとだけいい人が多そうな世界に自分も行ってみたくなるような、そんな気持ちにさせくれる伊坂幸太郎の『マイクロスパイ・アンサンブル』。


とりあえずあらすじはこちら。 

付き合っていた彼女に振られた社会人一年生、どこにも居場所がないいじめられっ子、いつも謝ってばかりの頼りない上司……。でも、いま見えていることだけが世界の全てじゃない。知らないうちに誰かを助けていたり、誰かに助けられたり。残業中のオフィスで、事故現場で、フェス会場で、奇跡は起きる。優しさと驚きに満ちた現代版おとぎ話。

公式サイトより


やけに音楽の歌詞が出てくるな、と思ったら、猪苗代湖で2015年から開催されている音楽フェス「オハラ☆ブレイク」の会場で配布される冊子に来場者のために伊坂幸太郎が描いた話らしいです。



……ちょっと待ってください。


何ですか、そのめちゃくちゃ贅沢な企画は。
「オハラ☆ブレイク」に行ってた人は、フェスを楽しんで、更に音楽が散りばめられた伊坂幸太郎の物語を、登場人物たちも1年ずつ歳を重ねる物語を、毎年読めたってことですか?


羨ましい!!!!
私ももっと音楽を好きだったらよかった。
「オハラ⭐︎ブレイク」で配られた冊子をパラパラ巡って、そこに伊坂幸太郎の名前を見つけて、ちょっと読んでみたら面白くて、周りのざわめきが一気に消えるような体験ができたらよかった。
次の年、もうないと思って冊子を巡って、まさかの続きを見つけてテンションをあげたかった。
好きな歌が出てきて、この歌いいよね!この歌詞いいよね!ってなりたかった。
7年後、物語を見届けて、ああ、面白かった!って満足しつつも寂しくて、でもこの後フェスだ!って青空とそこに広がる景色に目を向けて気分を変えてみたかった。


羨ましい。
音楽が好きで、自分が今いる場所を舞台にした伊坂幸太郎の小説を読めるなんて、なんて幸福なんだ。私もその夢のような企画に参加したかった……!


けれど私は音楽は詳しくなく、「オハラ⭐︎ブレイク」という音楽フェスも初めて知り、猪苗代湖も行ったことはなく、近所の本屋で積み上げられた『マイクロスパイ・アンサンブル』に出会いました。


普通に読んでももちろん面白いです。
でも、もし自分が音楽好きで「オハラ⭐︎ブレイク」に参戦して、そこでこの短編に出会っていたらと想像すると、なんていうか、自分の人生で1番大切な小説として大切にできる人生が羨ましくなります。


※この先は内容に触れますので、未読の方は是非ご覧になってから戻ってきてください!

(電子書籍がいくら流行ろうとも、私は永遠に紙派です!)


物語は、付き合っていた彼女に振られた社会人1年生の男と、元いじめられっ子スパイ1年生の少年の話が交互に、そして1年単位で進んでいきます。(フェスで配布してた冊子に掲載していた物語なので、登場人物も1年ずつ歳をとらせたらしいです)


この2人の男が同じ世界に生きているかと思えば生きていないところ、いや、同じ世界と言えば同じ世界なんですけど決して交わることのない世界に生きているところ、かと思えば、それがまさかの同じ世界に生きて交わってしまうところがなんとも伊坂幸太郎っぽい。


私がこの物語で特に好きなのは、「付き合っていた彼女に振られた社会人1年生の男」が出会った、関連会社で働く「ふっくらとした体型の女性」です。


「ふっくらとした体型の女性」は、彼が入社2年目の時に関連会社の営業の飲み会で会った女性です。
どうにか気の利いたことを言って自分の価値を上げたいと思った彼は、「あの、どこの部屋ですか?」と、相撲取りを連想させる質問をしてしまいます。
……は?
何だこいつ。読んでいるこっちがドン引きするほどの冗談。
主人公を嫌いになる寸前でしたけど(というかちょっと嫌いになりましたけど)、相手の女性は空気を読んで、そして穏やかに微笑んで「いやあ、稽古がつらくて、逃げ出したんですよ」と答えてくれたのです。


自分の最低な発言を思い出して自己嫌悪に陥る主人公ですが、実家近くの駅で彼女と偶然再会。失言を謝る主人公に、彼女は人を下げて笑いを取ることについてはしっかり注意しつつ、主人公のことは責めませんでした。
ちゃんこネタや相撲ネタは飽き飽きするくらいぶつけられてきた中で、彼女は「受け入れるわけじゃないけど、卑屈にならずに、全部吸い取る」ように今は生きていると話します。
で、そんな彼女が結婚して仕事を辞めることがわかるんですけど、主人公はなんとなく、彼女の結婚相手が、先日婚約を発表して話題になった人気俳優じゃないかと推測したのでした。


彼女との物語はそれで終わりです。
飲み会での失言と、その後に偶然再会し、お茶を飲んで彼女の落とし物を一緒に探して、それで終わりです。
彼女の結婚相手が、その人気俳優なのかはもちろんわかりません。彼女は相手について話さなかったし、自慢もしませんでした。
ただ「わたしは体大きいから目立つので、結構付き合うのも大変で」と言っただけです。


でも何だか、主人公が人生で少しだけ関わったその女性が、本当にその人気俳優の相手だといいなと何故か強く思ってしまいます。


外見のことを何気なく言われたり揶揄われたりすると傷つきます。どうしたって傷つくはずです。でもそれを、開き直るわけではなく、相手を責めたり恨むわけでもなく、ただ全部吸い取る彼女が幸せになってほしい。そんないい子、幸せになってほしくないわけがない。
人気俳優と結婚するから幸せなわけではないけれど、高校の同級生でもあるみんなが憧れるその人が、彼女の良さに気づいている本当にいい男で、人気絶頂の中でも意思を持って「彼女と結婚したい」と決心してくれて、彼女も彼を支えたいと決めたなら、なんて素敵なんだと思う。
人気俳優と結婚することで、たとえば彼女について何か書かれたり、心無い言葉を吐かれることがあるとしても、彼女ならきっと吸い取って、穏やかな笑顔でいてくれる。彼女は彼女を知らない人からの評価には揺るがない。
確かな情報は何もなくて、主人公の勘違いの可能性も大いにあるのに、私たちは、どうか、どうか幸せに!!!という気持ちになる。


主人公と彼女はその後、会うことはありませんが、主人公が入社7年目の年、あるイベント会場でその人気俳優を見かけたことで、俳優の奥さんの噂を耳にします。

「噂によると、奥さんが素晴らしいみたいですね」
「英語堪能で、性格も良くて、そのおかげで海外のプロデューサーともかなり親しくなれたと聞いたよ」


彼女だよね?
もう絶対彼女だよね?!
彼女は彼女を必要する人たちに囲まれて、幸せにやってるんだよね?そうだよね?


同時に、私はその曲を知らないけれど、物語の中で鳴り響くその歌の歌詞が胸に残ります。

僕の大好きなあのヒトが
ちゃんと幸せだったらいいな
僕の大好きなあのヒトが
ちゃんと裕福だったらいいな

いい星じゃんか
いい星じゃんか

そう、確かに願いたくなる。

小説の中の彼女が幸せでありますよう。
彼女を選んだ彼が幸せでありますように。
門倉課長も、主人公も、天野さんも、
あっちの世界のキミ君も、アナタさんも幸せでありますように。


どこかにいる誰か、
私が幼稚園の頃に初めて好きになったあの子も、
遠足で手を繋いでくれたお姉さんも、
怖かった塾の先生も、
憧れたあの人も、
もう会うことはない昔の友達も、
会ったとこもないどこかの誰かも幸せでありますように。


いい星じゃんか。
誰かの幸せを願える自分もなんかいいじゃんか。
そんな風に思わせてくれる小説でした。


※ドラえもんは出てきません


おしまい。


伊坂幸太郎はこの辺が特に好きです↓




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