「壊れかけのヴィンテージ」 他人と私の時間軸
世の中には、
恐ろしく「正しい時間」を生きる人々がいる。
朝6時にパチリと目覚め、白湯で内臓を清め、
効率という名の神に祈りを捧げる。
1分1秒を無駄にせず、
社会という巨大な歯車にピタリと噛み合って、
今日も完璧に回転する。
その時計は、
GPS衛星と寸分違わず同期しているかのよう。
一方で、私の体内時計は、
いつだって「壊れかけのヴィンテージ」

夜中なのに、妙に目が冴えて、
冷たいアスファルトの上を目的もなく歩き、
道端の猫の瞳に宇宙を見出そうとしてる。
世間が、
「セロトニン」という名の朝日を浴びる頃、
私はようやく深い眠りに落ちてゆく。
この致命的なまでのズレは、
よく「怠惰」という言葉で片付けられる。
それを責める人もいると思う。
でも私の体内時計は、
最初から夜に設定されている。
「朝型」という名の圧力
ビジネス書を開けば、決まり文句のように、
「早起きが人生を変える」と書いてある。
早朝の空気には、
魔法の粉が舞っているとでも言わんばかりに。

私に言わせれば、
午前5時にみなぎるヤル気なんてものは、
どこか他人事だ。
深夜の静寂に浮かぶ感覚は、
説明したくても、できるものでもない。
他人の時間軸に合わせようと無理をすると、
心の中に「毒」が溜まる。
他人の速度で走らされるマラソンほど、
苦痛なものはない。
外野から飛んでくる騒音は、
換気扇の音と一緒に聞き流せばいい。
そもそも、皆と同じ時間に同じことをして、
一体何が面白いのか。
皆が右を向いて規則正しく歯を磨いている時、
一人だけ左を向いて月を眺めている。
その程度の「行儀の悪さ」がなければ、
私の文章に、体温も匂いも宿らなくなる。
「待機」という贅沢な無駄遣い
効率を愛する人々は、
10秒の隙間さえスマホで埋め尽くす。
「何もしない時間」は、
財布に穴が開いて小銭がこぼれ落ちるような、
そんな耐えがたい損失なのかもしれない。
けれど、私の時間軸において、
この「無駄」こそがメインディッシュ。
お湯が沸くのをただ眺める。
淹れたてのお茶の湯気が消えるのを待つ。
倍速で消費されるコンテンツには、
この「余白」に潜り込む隙はどこにもない。
他人の時間軸が、「点」の連続なら、
私の時間軸は、「線」の揺らぎだ。
どこへ繋がるか、自分でもわからないけれど。

だからこそ、
このズレを許容できない相手が隣にいると、
日常は悲劇に変わる。
思考の深淵に潜っている最中に、
「次これやって」という無邪気なノイズ。
時間をかけて組み上げた繊細な積み木を、
大型犬の尻尾でなぎ倒されたような絶望だ。
自分の「時差」を乗りこなす
結局、他人と時間軸を共有しようなんて、
おこがましい幻想なのかもしれない。
私たちは皆、別々の惑星の住人で、
たまたま同じ銀河を漂っているような
そんな心許ない感覚。
大切なのは、「不規則で、不機嫌なリズム」

他人の時計を見て焦ることではなく、
自分の時計が刻むリズムを面白がればいい。
世間から半日遅れていようと、
数年先を独走していようと、
そのズレこそが「人間」の証じゃないかと。
私がいつの間にか夜の人間になったのも、
たぶんそういうこと。
美しく整えられた、
誰のものでもない無機質な言葉なら、
AIにでも吐かせておけばいい。
自分のズレをきれいに直そうとするより、
そのまま抱えて生きていくしかない。
陽が落ちて冷え切った空気が漂う中、
絞り出した一行は、
正午に飛び交う100の正論より、
よほど真実に近い場所にあると思う。
ズレた針を横目に、
世界がそろそろ動き出そうとしている。
私とは、何の関係もない場所で。

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