見出し画像

【昔の人は、金持ちだったわけじゃない】貯金だけで資産が増えた時代の終わり

「最近の若者は、車も買えない。結婚もできない。子どもも持てない」。そんな話のあとには、決まってこう続く。「昔の人は、もっと余裕があった」と。

だが、問いを少しずらしてみたい。昔の人は、本当に金持ちだったのだろうか。

私はそうは思わない。昔の人が裕福だったのではなく、ただ「働いて貯金するだけで、お金が増える時代」だっただけだ。給料は上がり続けた時期が長く、銀行に預ければ今では考えられない利息がつき、物価も今ほどは上がらなかった。普通に働いて、普通に貯める。それだけで、資産は静かに育っていった。

その前提は、もう崩れている。日本の給料は、この30年ほど伸び悩んだままだ。預金の金利はゼロに近い。そして近年は、物価だけが静かに上がり始めた。同じ「働いて貯金する」をしても、昔のようには報われない。それどころか、預けたお金はインフレに少しずつ削られていく。

■ 豊かさが、貧しさを覆い隠している

ここに、見えにくい落とし穴がある。私たちは、知らないうちに貧しくなっているのかもしれない。それなのに、その実感がまるでない。

ネットは無料で、多くを教えてくれる。サブスクで映画も音楽も見放題、宅配を頼めば料理が玄関まで届く。便利なものに囲まれて、暮らしは豊かに見える。その豊かさが、自分の足元が痩せていく事実を、そっと覆い隠してしまう。気づけないこと——それが、いちばん怖い。

若者が弱くなったのではない。昔の人が偉かったのでもない。ルールが、世代をまたいで静かに書き換えられただけだ。本当の問題は、ルールが変わったのに、多くの人が昔と同じ戦い方を続けていることだ。真面目に働いて、銀行に預ける。それが正解だった時代の記憶のまま、今を生きている。

私は、昔の人が投資をしなかったことを愚かだとは思わない。その時代には、それが合理的だった。ただ、合理そのものが、もう変わってしまった。

■ それでも、今は逆転できる時代だ

ここで終われば、ただの悲観論だ。私はそうは見ていない。今はむしろ、逆転のチャンスが転がっている。

昔は、情報が新聞とテレビに握られていた。拡散は遅く、選べる答えも限られていた。今はどうだろう。YouTubeをはじめ、誰もが新鮮な情報に、無料で触れられる。一つの権威に縛られず、自分の頭で選び、自分の軸を持てる時代になった。正しい情報を掴み、戦い方を変えさえすれば、この時代を生き抜くことは十分にできる。

では、どう変えるか。労働だけで報われた時代が終わりかけているなら、労働の外に、もう一つの働き手を持つ。資本だ。私はそこに活路があると見ている。経済学者のトマ・ピケティが『21世紀の資本』で示したのは、歴史的に「資本収益率が経済成長率を上回りやすい」という傾向だった。誰もが市場の平均を超えられるという話ではない。だが、資本を持つ側と持たない側のあいだで、差は開きやすい。

新NISAのような制度も始まった。早く始めた人と、始めなかった人。その違いは、これから資産の格差として広がっていく。私には、そう見える。

「昔は良かった」と嘆いても、過去は戻らない。賃金の伸びも、預金の金利も、自分の手では変えられない。変えられるのは、今の自分が、どんな情報を選び、資本と時間をどこに置くか——その一点だけだ。

豊かさに囲まれて、自分が痩せていることに、気づけているだろうか。もしよければ、コメントで聞かせてほしい。

内容と免責について

一般的な情報に、私個人の主観や解釈、偏りを織り交ぜて書いている。
状況の変化や新たな気づきに応じて、予告なく内容を追記・修正することがある。

特定の投資商品の購入や売却を推奨するものではない。
未来の利益を保証するものでもない。
本記事の情報によって生じた結果について、責任は負いかねる。

人によって最適な方法は異なる。
参考にする際は、君自身の判断と責任において確認してほしい。

いいなと思ったら応援しよう!