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第2章『食路』第4節:追われるための半歩ー ヴァルネス ー【ケンタウルスストーリーイベント】

前回のあらすじ

bloomでアビスノアと別れたあと、私は背後に気配を感じた

声をかけられたわけではない
それでも、気づいたときには、少し先を歩く背中があった

青毛の艶は沈んでいる
光を跳ね返すのではなく、周囲の色を静かに吸い込むような質感だ
人混みの中でも不思議と輪郭が曖昧にならず、しかし主張もしない

距離は近い
だが、詰めようとすると、ほんの半歩だけ前に出られる

振り返らないのに、こちらを把握している気配がある
それが、少しだけ悔しい

「……あの?」

声をかけると、彼女は足を止めないまま答えた

「気づいてましたね」

声は低く、淡々としている
確認でも、評価でもない

私は歩調を合わせる
合わせたつもりでも、距離は変わらない
彼女は常に、私より半歩だけ先にいる

迷子さんが、いつの間にか横に立っていた

「今回のゴールは、アジア料理のお店だよ」

yummy! mekong

春日市原町にあるアジアンダイニング
名前の「yummy(美味しい)」「mekong(メコン川)」が示す通り
タイ料理・ベトナム料理を中心に、本場のスパイスやハーブを使った香り豊かな料理を提供してえるわ

トムヤムクンやグリーンカレー、揚げ春巻きなど多彩なランチ・ディナー料理に加え、ナチュラルワインやアジアンカクテルとのペアリングも楽しめるのカジュアルデートや友人との食事、旅行前のリフレッシュディナーなど幅広いシーンに対応。春日公園からもアクセスしやすい立地ね

ヴァルネスは、店名を聞いても表情を変えない

「近づかないと、分からないですね」

それは勧めでも、躊躇でもなかった
ただの事実だった

コースの話になる

緩やかな下りと、短い上りが交互に続く
直線は少なく、視界は何度も遮られる
無理に前へ出れば、すぐに距離が開く

「先に、行きますか?」

私が聞くと、ヴァルネスは少しだけ首を振る

「追われる方が、分かりやすいので」

理由は語られない
説明も、補足もない

私は、その言葉を受け取る
理解できたわけではない
だが、拒む理由もなかった

おかしい
レースなのに、追う前提で話が進んでいる

私は脚の位置を整え、呼吸を整える
走る準備はできている

それでも、彼女は走り出さない
半歩先の位置を、きっちり保ったままだ

「……合図は?」

そう聞くと、ヴァルネスは一瞬だけ、こちらを見た

「追いつこうとしたら」

それだけ言って、視線を前に戻す

私は思う
この人は、逃げない
ただ、捕まらない位置にいる

追われるための半歩
それは、走り出す前から、すでに成立していた

私は一歩、前に出る準備をする
ヴァルネスは、半歩だけ、先にいる

まだ、併走は始まっていない
だが、すでに私は―追っている―


後編を第2章『食路』のレースBGMと共にお楽しみ下さい


走り出してからも、ヴァルネスは多くを語らなかった

質問を投げても、返ってくるのは短い言葉だけだ

「そうですね」
「たぶん」
「今は、こちらで」

続きが用意されていない
だから私は……

勝手に続きを想像し
言葉を足し
会話を広げようとする

すると彼女は、それを受け取る
否定もしない
ただ、一歩だけ距離を残す

拒絶ではない
むしろ、丁寧だ

だからこそ、踏み込む側だけが疲れていく

私は走りながら、呼吸の乱れを自覚する
脚はまだ余裕があるのに、意識だけが前に引っ張られる

彼女は常に、半歩先
追いつけないわけではない
だが、追いついた瞬間に、また半歩分、離れる気がする

その距離が、妙に正確だ

上りで間が詰まり、下りで開く
私は無意識に速度を上げるが、彼女は変えない
結果として、私だけが調整を繰り返す

そこでようやく……気づく

―自分は、追わせられている。―

走るためにではない
勝つためでもない
ただ、追う役割を引き受けている

その自覚が生まれた瞬間、少しだけ可笑しくなった
真剣に走っているのに
目的が「追い続けること」になっている

やがて、店が見えた
yummy! mekong

到着したとき、私の息はわずかに乱れている
一方、ヴァルネスの呼吸は、最初から最後まで一定だった

店に入ると、香りが一気に押し寄せる
強い
だが、不快ではない

知らない匂いが、知らない順番で混ざっている

「どうですか?」

私がそう聞くと、ヴァルネスは少し考えてから答えた

「悪くないです。ただ……慣れが必要ですね」

その言葉に、妙な既視感を覚える
料理の話であり、同時に、ここまでの関係性そのものだった

食事を終え、店を出る
外の空気が、少し軽い

私は歩きながら、ここまで追い続けてきたことを、改めて自覚する

「さっきから、ずっと先を行ってますよね?」

そう言うと、ヴァルネスは初めて立ち止まった

振り返らない
ただ、前を向いたまま言う

「追われていないと……分からなくなるんです」

理由は語られない
説明もない

けれど、その一言で、私は理解する

この人は、近づかれるために離れている
関係を保つために、距離を置いている
追う側がやめた瞬間、成立しなくなる距離

ゴールに着いたはずなのに、私の体には、追いかける感覚だけが残っている

私は立ち止まり、呼吸を整える
ヴァルネスは、また半歩だけ先へ進いた

追われるための半歩
それは、ゴールの先でも、きちんと続いていた

次節へ


*この節の登場ケンタウルスはこちら



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