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第2章『食路』第1節:削ぎ落とされた満足ー ネクシアード ー【ケンタウルスストーリーイベント】

JR博多駅南
人の流れは規則正しく、誰もが目的地だけを見て歩いている
私はその流れの縁に立ち、声をかけられた
その場所はちょうど半歩だけ外れた場所

白衣に似たロングコート
清潔で、整いすぎている。街に溶け込んでいるようで、わずかに浮いている
その差異を、私は嫌いではない

視線は切れ長で、私ではなく、私を含む状況全体を一度に捉えているようだった
この人は、感情で話さない。そう直感する

「ヴァイスノヴァ」

名前を呼ばれ、私は首を向ける

「私はネクシアード。今回、同じ区間を走る」

競争、という言葉は使わなかった
それでも、並走ではないことは伝わる

迷子さんは、いつの間にか私たちの間に立っていた

「今日のゴールは、春日市で長く続くラーメン屋さんだよ」

淡々とした口調で、説明が始まる。

ラーメンやまもと

福岡県・春日市で40年以上愛される老舗豚骨ラーメン店よ
昭和期から続く伝統を受け継ぐ博多豚骨で、臭みの少ないクリアなスープと細麺の組み合わせが特徴
豚骨スープはコクがありながら後味は軽く、替え玉や焼きめしセットも人気メニューよ
細めのストレート麺や辛子高菜を加えて味変を楽しむ常連客も多く、家族連れや一人飲みでも入りやすい定番スポットなの
カウンター席中心のこじんまりした空間で、老舗らしい安心感ある一杯が味わえるわよ

迷子さんが、ぽつりと言う

「削ぎ落として、残ったものが崩れないかどうか」

ネクシアードは無言だった
ただ、その視線が一度、私の脚部に落ちる。計測ではない。確認だ。

「コースは単純よ」

迷子さんは、歩く方向を示す

博多駅南から、交通量の多い道を避けて西へ
小学校の脇を抜け、古墳のそばを通る
途中、道は一度だけ歪み、視界が開ける場所がある
そこを越えたら、住宅街の中を一定のリズムで進む
信号の多い区間では、速さより正確さが問われる

「楽な道だと思ったら、間違える」

それだけ言って、迷子さんは下がった

私は、蹄を揃える
ネクシアードも同じ動きをした
呼吸の調整が、異様なほど似ている

「走り方に、感情は要らない」

ネクシアードが言う

「結果に影響しない要素は、すべて削ぐ」
「……満足も?」

私が聞くと、彼は少しだけ考えた

「満足は結果に含まれる。だから否定しない」

論理としては、正しい
正しすぎて、少しだけ可笑しい

合図はなかった
それでも、同時に踏み出す

白と黒
安定を選ぶ私と、最適解を選ぶ彼女

ラーメン一杯のために、ここまで整える自分たちを、私はちゃんとおかしいと思っている
それでも走る

削ぎ落とされた満足が、どんな味をしているのか?

確かめるまでは、止まれない


後編を第2章『食路』のレースBGMと共にお楽しみ下さい


走り出してすぐに理解した
ネクシアードは、会話の主導を取らない

息は合っている
脚運びも揃っている
それでも彼女の意識は私ではなく、走行全体に向いていた

「想定より、安定しています」

それは褒め言葉ではない
状態確認だ

私は並走しながら、わざと雑談を投げる

「こういうコース、好きですか?」
「嫌いではありません」

言葉は受け取られる
だが、広がらない
返答は最小限で、すぐ次の呼吸へ移行される

並んでいるはずなのに、常に半歩だけ先にいる感覚があった
追い越そうと思えばできる。脚力に差はない
それでも身体が止める

―今、前に出ると“ズレる” ―

理由は分からない
ただ、ここで距離を詰めると、この併走そのものが崩れると直感する

おかしい
勝負なのに、私は相手のリズムを守ろうとしている

緩やかな変化が続く区間に入る
私は速度を上げず、揃えることを選ぶ
ネクシアードはそれを当然のように受け入れ、歩幅を変えない

「走り方が、安定志向ですね」
「派手なのは、長持ちしないので」

それだけの会話
けれど不思議と、呼吸がさらに揃った

終盤、ゴールが見えた瞬間
ネクシアードは速度を上げた
到達までの手順が、すでに完了している動きだった

到着後、彼女は立ち止まる前に、店の中を見ている

列の長さ
回転率
今の空気

視線が一度で整理する

「問題ありません」

入店、着席、注文
一連の流れに迷いがない
私はその背に続きながら、なぜか襟を正したくなる
ラーメン屋に入るだけなのに

湯気が立つ
香りが広がる
ネクシアードは一口すすり、ほんの少しだけ間を置いた

「再現性が高い。この条件下で、この安定感は十分です」

私はもう一口すすってから言った

「……静かですね」

ネクシアードは、わずかに頷く

「要素が整理されています。余計な主張がない」

その言い方が、妙に可笑しかった
“美味しい”という言葉の代わりに、“整理されている”が出てくる
私は笑いそうになって、代わりに箸を持ち直した

食べ終える頃、満腹は確かに来る
美味しかった

でも、これまでの併走が、走った感覚も、時間も、全部“処理済み”にしている
残っているのは、正確さだけだ

ネクシアードは器を揃え、席を立ちながら言う

「今回のゴールは成功です。目的は達成されています」

正しい
論理的で、間違いがない

それでも私は、その背中を見送りながら思う

正しいゴールだったはずなのに……辿り着いた感じがしない

削ぎ落としすぎた満足は、味を残さない

私は一歩遅れて外に出た
脚はまだ、次の距離を探している

―走りは、終わったはずなのに―

次節へ


*この節の登場ケンタウルスはこちら



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