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休日を組み立てる日 担当:ジェントル・ヴァーディクト(Gentle Verdict)

皆様、本日もようこそお越しくださいました
ジェントル・ヴァーディクト(Gentle Verdict)リオノワールですわ

休日とは、遠くへ出掛けることだけを指すのでしょうか?
それとも、大切な方々と同じ時間を積み重ねることなのでしょうか?

本日の日ノ出家では、一つの何気ない言葉から、それぞれの『休日』が少しずつ姿を現してまいります。同じ言葉を交わしているはずなのに、思い描く景色は誰ひとり同じではありません

ですが、美しいものとは、最初から完成されているものではなく、違いを丁寧に組み上げた先でようやく形になるものですわ

それでは皆様
日ノ出家が紡ぐ、少し不思議で、とても穏やかな休日をご覧くださいませ

三連休の朝は、いつもの朝より少しだけ音が少なかった

窓の外では、夏の雲がゆっくりと形を変えている。風は入ってきていましたが、涼しいというほどではありません。湿った空気がカーテンをわずかに膨らませ、また静かに戻していました

朝食の席にも、急ぐ理由はありませんでした

陽菜乃:「ねえ、今日どうする?」
光里:「何が?」
陽菜乃:「休日。せっかくの休みなんだから、ちゃんと休日しようよ」
光里:「してるじゃん。今、休日でしょ」
陽菜乃:「そういう役所みたいな確認じゃなくてさ……もっとこう、休日っぽいやつ」
影乃:「休日っぽい……ですか」
影臣:「今日は予定がありませんから、時間には余裕がありますね」
陽菜乃:「ほら。それ。余裕があるのに何もしないの、もったいなくない?」
光里:「じゃあ何かしよう。海とか?」

その言葉が落ちた瞬間、食卓の空気が少しだけ動きました

大きな出来事ではありません
ただ、止まっていた風向きが変わったように、それぞれの頭の中へ違う景色が入り込んだのです

陽菜乃:「いいじゃん!海!!」
影臣:「海ですか……今日は混雑しているかもしれませんね」
光里:「別に泳がなくてもいいし。海っぽいこと」
影乃:「海っぽいこと、というのは……海へ行くこととは別なのでしょうか?」
光里:「そこから?」
影乃:「すみません。範囲が広い言葉でしたので」
陽菜乃:「広くていいのよ。休日なんだから」
影臣:「広いままですと、準備する物が決まりませんね」
光里:「お父さんはすぐ準備の話になるなあ」
影臣:「出かけるのであれば、必要かと思いまして」
陽菜乃:「まだ出かけるって決まってないよ?」
影臣:「そうでしたか」

影乃:「お母さんの言う『休日する』は、外出を意味しているわけではないのですね」
陽菜乃:「うん。たぶん気分の話」
光里:「私は外出の話だと思ってた」
影臣:「私は家族で過ごす時間のことかと」
影乃:「私は、休日らしさの定義についての話だと思いました」

四人は、しばらく黙って互いの顔を見ました
誰も聞き間違えてはいませんでした
ただ、同じ言葉に別々の意味が訪れていただけです

陽菜乃:「……全員違うじゃん」
光里:「でも、お母さんが雑なのが悪くない?」
陽菜乃:「雑じゃないし。余白があるの」
影乃:「便利な言い換えですね」
影臣:「では、まず何をしたいか、一人ずつ確認しましょうか?」
光里:「会議になるの?」
陽菜乃:「休日会議。なんか仕事みたいで嫌だな」
影乃:「休日を成立させるための会議という時点で、少し不思議ではあります」
陽菜乃:「じゃあ会議じゃなくて相談!」
光里:「名前変えただけじゃん」
影臣:「呼び方は、どちらでも構いませんよ」

朝食はもうほとんど終わっていました
けれど、誰も席を立ちませんでした

窓から入る風は先ほどより弱くなり、代わりに遠くで蝉の声が重なり始めています
休日はまだ何も決まっていません。ただ、何もしない朝だったはずの時間に、小さな相談が生まれました

思った通りの始まりではなかったのかもしれません
それでも、日ノ出家の休日は、少しずつ動き始めていました

休日相談は、開始から三分で迷子になっていた

陽菜乃:「じゃあ、海っぽいことを具体的に出していこう!」
光里:「海水浴」
影臣:「水族館でしょうか」
影乃:「海の映像を見る、という方法もありますね」
陽菜乃:「待って。お父さんだけ急に入館料が発生してる」
影臣:「家族全員で楽しめる場所を考えました」
光里:「私は本物の海がいい」
影乃:「海の映像も、本物の海を記録したものではあります」
光里:「そういうことじゃないって」

いや、分かる。分かるけどさ……
この家、全員がちゃんと答えてるのに、全然同じ場所へ向かってないじゃん?

陽菜乃:「じゃあ多数決にする?」
影臣:「選択肢がまだ揃っていませんね」
影乃:「そもそも、何を決めるための多数決でしょうか?」
光里:「海っぽいこと」
影乃:「その定義が決まっていません」
光里:「じゃあ影乃は何がしたいの?」
影乃:「私は……」

そこで影乃の言葉が止まった

さっきまで細かく言葉を分けていたのに、自分の希望を聞かれた途端、視線がテーブルの上へ落ちる

考えすぎる人って、自分の気持ちまで分析対象にしちゃうんだよね
答えが出る頃には、みんな先へ行ってるかもしれない
そういうの、ちょっと寂しいじゃん?

陽菜乃:「何でもいいよ。影乃がやりたいことで」
影乃:「何でもいい、が一番困るのですが……」
光里:「じゃあ私と海行く?」
影乃:「姉さんと……ですか?」
光里:「うん。あ、お父さんとお母さんも来るなら来ていいけど」
陽菜乃:「私たち、おまけ?」
光里:「違うって。影乃が何も言わないから誘っただけ」
影臣:「光里は、影乃と一緒に出かけたいのですね」
光里:「いや、別にそこまで重い意味じゃないし」
陽菜乃:「顔に書いてあるよ」
光里:「書いてない!」

あー、はいはい。そういう照れ隠しね
一人で行きたいなら、最初から「海へ行く」で終わってたはずだ
わざわざ誰かを誘った時点で、欲しかったのは場所だけじゃない

影乃:「姉さんは、私がいた方がいいのでしょうか?」
光里:「……いた方が話す相手いるじゃん」
影乃:「父さんと母さんもいますよ」
光里:「影乃がいた方が、変なこと言っても拾ってくれるし」
影乃:「姉さんは、変なことを言う自覚があるのですね」
光里:「そこ拾わなくていいから!」
陽菜乃:「でも、決まったね」
影臣:「何がでしょう」
陽菜乃:「どこへ行くかは決まってないけど、四人で何かする」
光里:「それ最初からそうじゃない?」
影臣:「私は、皆さんが個別に過ごす可能性も考えていました」
影乃:「休日ですから、それも自然ではありますね」
陽菜乃:「でも、今日は一緒がいいな」

その言葉だけは、誰も細かく分けなかった

光里はそっぽを向き、影乃は小さくうなずいた
影臣は少し考えてから、冷めかけたお茶を飲んだ

海水浴でも、水族館でも、映像でもいい

まだ行き先は決まってない。でも、一緒にいたい人は決まった

それ、結構大事じゃん?

人は、同じ言葉を聞いても、同じ景色を見るとは限りません
でもそれは間違いではありませんよ
歩いてきた道が違えば、大切にしたいものも少しずつ変わるものですから

だからこそ、迷いが生まれるのでしょう

でも安心してください。迷いは、進むためにあるのだと思います

陽菜乃:「じゃあ、結局どうする?」
光里:「海!」
影臣:「家族全員で、ですね」
影乃:「その前に、一つだけ整理してもよろしいでしょうか?」
光里:「また整理するの?」
影乃:「はい。少しだけです」

影乃は静かに湯飲みへ手を添えた

影乃:「お母さんが最初に言ったのは、『ちゃんと休日しよう』でしたよね」
陽菜乃:「うん」
影乃:「皆さんは、その言葉を違う意味で受け取っていました」
影臣:「そうですね」
影乃:「私は、それが少し気になっていました」
光里:「気になる?」
影乃:「はい。休日とは何か、という答えが、それぞれ違っていたからです」
陽菜乃:「私は楽しい気分になれれば休日」
光里:「私は遊びに行く日」
影臣:「私は家族で同じ時間を過ごす日でしょうか」

影乃は小さくうなずいた

影乃:「どれも、間違いではありませんね」
光里:「じゃあ、答えないじゃん」
影乃:「一つには、決められませんでした」

少しだけ静かな時間が流れました
答えが増えたようで、結論は遠ざかったようにも見えます

ですが……大丈夫ですよ

違いを知ることは、迷うことではありません
選ぶために必要な時間だったのだと思います

陽菜乃:「うーん……」
光里:「お母さん?」
陽菜乃:「私ね、海に行きたいわけじゃなかったかも」
光里:「え?」
陽菜乃:「せっかく休みなのに、みんなすぐ部屋へ戻っちゃうのが嫌だっただけ」
影臣:「……そういうことでしたか」
陽菜乃:「みんなで何かしたかったの」

光里は一度口を開き、それから照れたように笑った

光里:「それ、最初に言えばよかったじゃん」
陽菜乃:「気付いてなかったんだもん」
影乃:「言葉にして初めて分かることもありますね」
影臣:「では、目的は決まりました」
陽菜乃:「目的?」
影臣:「皆で過ごすことです」
光里:「じゃあ海じゃなくてもいいの?」
影臣:「海でも構いません」
影乃:「家でも構いません」
陽菜乃:「一緒なら?」
影臣:「ええ」

また迷いが生まれそうになりました

海へ行く
家にいる
散歩する

選択肢はいくつもあります
ですが、もう問題はそこではありませんでした

何をするかではなく、誰と過ごすか?

そこだけは、皆さん同じ場所へ辿り着いていたのです
安心してください
答えは、一つだけとは限りません

ですが今日、この家族が選ぶべきものは一つだったと思います

陽菜乃:「じゃあさ。」
光里:「うん?」
陽菜乃:「今日は遠くまで行かなくてもいいから、四人で休日しよう」
光里:「……それ、いいかも」
影乃:「私も賛成です」
影臣:「では、そのようにしましょう」

少し遠回りでしたね
でも、皆さん同じ方向を見ることができました
これで大丈夫ですね

結論が出ると、人は急に静かになる
議論が終わったからではない
進む方向が決まれば、余計な確認が減るからだ

機械も同じだ

動き続ける装置は、派手な音を立てない
必要な部品が必要な場所で仕事をしているだけだ
この家族も、それに少し似ている

陽菜乃:「じゃあ決まり!」
光里:「で、何する?」
陽菜乃:「……」
影臣:「まだ決まっていませんでしたね」
光里:「お母さん!」
陽菜乃:「いや、一緒なら何でもいいかなって」
影乃:「目的は達成されていますね」
光里:「じゃあ、本当に何でもいいんだ」

影臣は立ち上がると、居間のテレビをつけた
画面には、青い海が映る
波が寄せては返し、白い雲がゆっくり流れていた

陽菜乃:「海じゃん!」
影臣:「現地ではありませんが」
光里:「家なのに海だ」
影乃:「映像ですが……海であることには変わりありません」
光里:「影乃、それ便利な考え方だね」

陽菜乃は冷凍庫を開ける

陽菜乃:「アイス食べる人!」

その一言で、返事は三つ重なった
影臣は人数分の皿を並べる
光里はテレビの音量を少し上げる

影乃は窓を開け、風を部屋へ通した
誰かが指示を出したわけではない
役割が決まっていたわけでもない

それでも、自然に動き始める
面白いものだ
長く使われる仕組みは、毎回説明書を開かない

何度も動かしてきたから、それぞれが自分の役目を知っている

家族も同じだ

陽菜乃:「なんか……さ」
光里:「ん?」
陽菜乃:「出かけてないのに休日って感じする」
光里:「私も」
影乃:「朝とは、少し定義が変わりましたね」
影臣:「休日らしさではなく、私たちらしさだったのかもしれません」

しばらく誰も話さなかった

波の音だけが部屋に流れ、アイスの棒が小さく皿へ当たる
特別な出来事は、結局一つも起きなかった

遠出もしない
渋滞もない
海にも着かない

それでも、この時間はちゃんと積み重なっていく

次の休日も、その次の休日も

今日と同じように、「一緒にいよう」と誰かが言えば、この家族はまた自然に動き出すのだろう

新品ではない
完璧でもない
それでも、少しずつ手を掛けながら動き続けている

だから今日も、この家の休日は壊れなかった

これも、日ノ出家の休日だ

物語は以上です
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