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【恋の終わりを破壊せよ】第4章 「考えさせないという暴力」

第4章テーマは、自己参照的処理干渉(Self-Referential Processing Interference)

自己参照的処理干渉は【人は情報を「自分に関係あるか」で優先処理するが、自分自身の感情・立場・評価が強く刺激されると、冷静な判断や分析が妨げられる】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第4章 「考えさせないという暴力」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい

↓第4章のイメージ楽曲↓

前回のあらすじ

私は最近、澪先輩の沈黙が長くなったことに気づいていた
以前なら、間が空けば理屈が出てきた
言葉を探すというより、組み立て直すような時間だった
でも今は違う。考えているはずなのに、整理されていない感じがある

それでも私は、余計なことを言わないようにしていた
先輩のペースを乱さない
それが正解だと思っていたからだ

澪先輩は、自分の状態を把握するのが上手い人だ
その日も、カフェの席につくなり、メニューを閉じたまま言った

「最近、私、考えすぎてる気がする」

私は頷いた。否定もしなかったし、同意もしなかった
考えすぎているかどうかを、私が判断する必要はないと思ったからだ

「理由が分からないのに、ずっと頭の中で回ってて……」

澪先輩は、言葉を選びながら続ける

「整理できないの。前は、こういう時はちゃんと形にできたのに」

私はコーヒーを一口飲んだ
先輩が自分の状態を説明している間は、遮らない方がいい
理解ある男は、黙って聞くものだ。そう考えていた

少し間を置いてから、澪先輩がこちらを見る

「白川くんはさ……恋愛って、どうあるべきだと思う?」

それは問いというより、確認に近かった
先輩の中では、答えをぶつけ合う前提の質問だということも、私は分かっていた

だからこそ、慎重に言葉を選んだ

「……澪先輩の考えで、いいと思います」

本心だった
理論で管理する恋愛も、終わりを先に設計する考え方も、先輩が納得しているなら、それでいい
私が修正する立場ではない

澪先輩は、瞬きを一つして、口を閉じた

否定はしていない
でも、補足もしていない
私自身の意見も、どこにも出していない

しばらくして、澪先輩が小さく息を吸う

「……そう、なんだ」

声は落ち着いていた
怒っているわけでも、困っているわけでもない
けれど、言葉が続かない

私は待った
先輩が続きを話すのを
けれど、話は続かなかった

澪先輩は視線をテーブルに落としたまま、何かを探しているようだった
反論も、修正も、問い直しも出てこない

(……話が、終わってしまう?)

そんな気配が伝わってきた

私は、間を埋めるために何か言うべきか迷った
でも、それは余計な誘導になる気がして、やめた

理解ある男は、押し付けない
相手の考えを尊重する
それが一番、楽なはずだから

沈黙の中で、澪先輩はゆっくりとカップに手を伸ばした
その動きが、いつもより少しだけ遅かった

私はその理由を考えなかった
考えさせない方が、いいと思ったからだ

その優しさが、先輩の思考の行き場を奪っていることに
私はまだ気づいていなかった

あの沈黙のあとから
澪先輩はたまに「続きを言いかけてやめる」ようになった
言葉の先端だけが出て、すぐ引っ込む
私はそれを見て、余計に丁寧にしようと決めた
理解ある男は、相手に無理をさせないものだ

次の週、澪先輩は歩きながら、また始めようとした

「やっぱりさ、期限がある恋愛って――」

私は即座に頷いた。頷きすぎて、自分でも少し首が痛い

「その前に、コンビニ寄っていいですか?」
「え?」
「先輩、ゼミの資料、昨日から指先が乾いてめくりにくいって言ってたので。指サック、買います」

澪先輩は一瞬、眉を寄せた

「……そんなの、別に」
「でも、めくりにくいと考えが途切れます」

私は真顔で言い切って、棚の前で指サックを三種類見比べた
薄型、厚型、滑り止め強化
恋人として最適解を選ぶなら、先輩の指先に優しくて、紙を傷つけないものだ

「白川くん、今そんあ話じゃ――」
「先輩、爪が綺麗なので薄型が似合います」
「似合うとか、いらない」
「じゃあ二種類買います。先輩が迷わないように」

結局、私は二種類買って、帰り道で小袋に入れたまま渡した
澪先輩は受け取って、言いかけた言葉を飲み込んだ

その後も私は同じことを繰り返した
澪先輩が理屈に寄りそうになると、現実の用事を差し出す

「別れ方は――」と言いかけたら
「先輩、靴ずれしてますよ。絆創膏あります」

「恋愛の管理って――」と言いかけたら
「今、風が冷たいです。手袋、貸します」

「白川くんは、どう思うの?」と聞かれたら
私は少し考えてから、落ち着いた声で言う
「先輩が考えてる間、私は先輩の邪魔をしないようにします」

澪先輩はそれ以上、言葉を続けられなくなる
私はそれを「良い沈黙」だと思った
押し付けない。急がせない。相手のペースを守る
カッコいい恋人は、きっとこうだ

けれど澪先輩の変化は、私の想定と違った
ある日、駅前のベンチで、澪先輩がぽつりとこぼした

「……白川くんといると、考えなくていい」

私はそれを褒め言葉だと受け取った

「よかったです」
「よくないの」

澪先輩はすぐ否定したのに、声に力がなかった

(……楽になってしまう)

澪先輩の目がそう言っているように見えた
私は焦って、もっと気遣うべきだと思った
楽なら、守るべきだ

だから私は、澪先輩が「一人で整理する」と言った日に、あえて連絡を短くした

「了解です。無理しないでください」

それだけ送って、追い討ちをかけるような言葉は足さなかった

ところが夜、澪先輩から来たのは、短いメッセージだった

「文字が出てこない」

私はすぐ電話をかけた

「今、どこですか?」
『部屋』
「じゃあ、窓開けられます?」
『……え?』
「空気入れ替えると、脳が動きます。あと、机の上に水あります?」
『あるけど……』
「飲んでください。ゆっくり。今は考えなくていいです」
『白川くん、考えなくていいって……』

澪先輩の声が少し揺れた

『それが、怖いの』

私は言葉に詰まった
怖い?
先輩がそんな言葉を使うのは珍しい
私は慎重に、慎重に選んだ

「怖いなら、今日だけやめましょう。考えるの」
『……今日だけ?』
「はい。期限も別れ方も、今日は休みです」

私がそう言った瞬間、電話の向こうで沈黙が落ちた
長い沈黙だった。切れそうで切れない、息だけが聞こえる沈黙

『……あなたといると』

澪先輩が、やっと言葉を繋いだ

『私は、考えなくていい人になってしまう』

私は返事を急がなかった
急げば、先輩の言葉を壊す気がした
だから、ただ一つだけ答えた

「それでも、先輩が楽になるなら。私は、その方がいいです」

電話が終わったあと、私はスマホを伏せた
先輩の理論を壊すつもりで始めたのに、私は今、先輩の「考える場所」そのものを奪っているのかもしれない
でも、止め方が分からない。止めたら、先輩がまた苦しむ気がしたからだ

翌日、澪先輩はいつも通りの顔でゼミに来た
そして、一瞬だけ、私を見た気がした

だから私は、言葉を挟まず、澪先輩に、静かにコーヒーを差し出した

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