第1章『始動』ー序節:その独り言は、聞かれていたー【ケンタウルスストーリーイベント】
年末の中山競馬場
私は有馬記念のゴールシーンを、静かに見つめていた
最後の直線で、一気に伸びる馬たち
歓声と、実況の声と、馬が走る音・・・
胸の奥が、じんわりと熱くなる
「……いいな」
誰に向けたわけでもない、独り言だった
「自分も、馬みたいに走れたら……」
そうつぶやいた直後
すぐ後ろから、少しだけ間を置いた声が返ってくる
「へえ。ずいぶん変わった願いね」
振り向くと、そこに一人の女性が立っていた
年齢は分からないが、なぜか目に残る
「今の、独り言。聞こえちゃった」
そう言って、彼女は悪びれもせず笑う
「……あ、いや、別に深い意味は」
慌てて言い訳をしようとすると、彼女は軽く首を振った
「いいじゃない。素敵よ」
そして、まるで前から決めていた台詞のように言う
「――自分も馬のように走りたいなら」
一歩、距離を詰めて
「明日、この場所に来なさい」
唐突だった
理由も説明もない
「え?」
聞き返した時には、彼女はもう踵を返している
「来るかどうかは自由よ」
振り向かずに、彼女は名乗った
「東堂迷子……迷ったら、また会うわ」
それだけ言い残して、人混みの中に消えていった
中山競馬場では、さっきまで走っていた馬たちが引き上げていく
場内に残ったのは、余韻と、胸に残る、妙に現実味のある言葉
―馬のように、走る―
馬鹿げているはずなのに
なぜか「行かない」という選択肢は、最初から頭になかった
翌日
指定された“その場所”に立っていた
そこは、福岡県春日市某所にある、とある場所
地図には載っているが、目的がなければ立ち寄る理由はない
住宅街のはずれ、少しだけ空が広く見える場所
「本当に来たのね」
気づけば、彼女はすぐ隣に立っていた
昨日と同じ、掴みどころのない笑顔
「ここで……何をするんですか」
そう尋ねると、迷子さんは小さく肩をすくめる
「走りたいって言ったでしょ?」
彼女が差し出したのは、一つの端末だった
画面には、見慣れないインターフェースが映っている
「いきなり走れるわけないじゃない。まずは“形”を決めないと」
覗き込むと、そこには問いが並んでいた
「質問表……ですか?」
「違うわ」
迷子さんは、はっきりと言う
「これは走り方の設計図」
私は、少しだけ考えてから、指を伸ばす
一つ選ぶたび、画面の中のシルエットが、少しずつ形を持っていく
入力を進めるたび
完成予想図が、より鮮明になっていく
画面の中で、一体のケンタリウスが、静かに立ち上がった

「……これが」
「あなたよ」
迷子さんは、あっさりと言った
「正確には、“走るときのあなた”」
不思議と、違和感はなかった
むしろ、最初からこうだった気さえする
「じゃあ、次は?」
そう尋ねると、迷子は街の方角を指差す
「決まってるでしょ」
一拍置いて、はっきりと言う
「走るの。―春日市を―」
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