今日を綴る気持ち 担当:レゾナンス・ハーモニクス(Resonance Harmonics)
皆さんは、一日の終わりに『今日の気分は?』と聞かれたら、すぐに答えられるでしょうか?
レゾナンス・ハーモニクス(Resonance Harmonics)ミカヅキです
嬉しかったこともあれば、少し悩んだこともある
安心した時間もあって、思わず笑ってしまう瞬間もある
そんな一日を、たった一つの言葉にまとめるのは、案外難しいものですよね
今回お届けする物語は、日ノ出家が『今日の気分』と静かに向き合った、小さくて温かな一日のお話です
大きな事件はありません
けれど、だからこそ見えてくる、本当の気持ちがあるのかもしれません
どうぞ肩の力を抜いて、皆さんも今日という一日を思い浮かべながら、お聞きください

夜は、一日の終わりを知らせます
けれど、終わるのは時間だけです
その日に抱いた気持ちは、火が消えた後の灰のように、静かに残ることがあるのでしょう
影乃は机に向かい、日記帳を開いていた
日付を書く
天気を書く
そこまでは迷わなかった
けれど……次の一行でペンが止まる
『今日の気分』
影乃:「……」
小さく呟き、書こうとする
『楽しかった』
そう書いて、線を引く
少し考えて……
『安心した』
また線を引く
さらに……
『穏やかだった』
そこでも手が止まった
影乃:「……違います」
どれも間違いではない
でも、どれも全部ではなかった
朝は少し楽しみで
昼は安心して
夕方は少し考え込んで
そして今は穏やかだった
影乃:「一つに……できません」
消した文字だけが紙に薄く残る
影乃はそのページを静かに見つめた
捨てるほど間違いではない
残すには、少し違う
そのまま日記帳を閉じる
答えだけが、まだ閉じられなかった
リビングから笑い声が聞こえた
陽菜乃:「影乃ー?どうしたの?」
光里:「何か考え込んでる?」
影臣:「何かありましたか?」
影乃は日記帳を抱え、リビングへ入る
陽菜乃:「おいで」
光里:「その顔は……宿題じゃないね」
影乃:「はい……少しだけ、皆さんに聞いてみたいことがありまして」
影臣:「聞きましょう」
陽菜乃:「珍しいじゃん」
光里:「いいよー」
影乃は日記帳を開き、少し照れくさそうに見せた
影乃:「今日の日記を書いていたんです」
陽菜乃:「うん」
影乃:「でも、この一行だけ書けなくて……」
光里が覗き込む
光里:「『今日の気分』?」
影乃:「はい」
影臣も静かにページを見る
影乃:「朝と昼と夕方と夜で、気持ちが全部違いました」
影乃:「だから、一つだけ選ぶことができないんです」
陽菜乃:「へぇ」
光里:「なるほどね」
影臣はすぐには答えず、ゆっくり湯呑みを置いた
誰も急いで言葉を返さない
影乃の問いは、正解を求めるものではないと感じたからだった
影乃:「みんななら……」
少しだけ間を置く
影乃:「今日の気分を、一つだけで表せますか?」
部屋は静かになった
誰も困っているわけではない
けれど、簡単に答えられる問いでもなかった
夜はまだ続いている
閉じたはずの一日も、まだ胸のどこかで小さく灯っていました
その火を何と呼ぶのか?
その答えは、これから語られるのかもしれません

影乃の問いかけに、家族は顔を見合わせました
今日という一日は同じでも、大切にしていたものは、それぞれ違ったのでしょう
だから答えも、自然と違ってくるのだと思います
陽菜乃:「私は決まってる!」
光里:「早っ」
陽菜乃:「今日の気分はね……アイス食べたい!」
光里:「それ気分じゃなくて欲望じゃん」
陽菜乃:「暑い日にアイス食べたいって立派な気分でしょ?」
影乃:「そういう考え方も……あるんですね」
陽菜乃:「あるある。今も冷凍庫のアイスのこと考えてるもん」
影臣:「今日は暑かったですからね」
陽菜乃:「そうなの。だから夕飯作りながらも、ずーっと『終わったらアイス』って頑張れたの」
影乃は小さく頷く
影乃:「楽しみがあったから、一日頑張れた……ということですか?」
陽菜乃:「そうそう!」
光里:「私は『眠い』かな」
陽菜乃:「それ朝から言ってたじゃない」
光里:「でもお昼ご飯食べたら元気になってさ」
影臣:「夕方は買い物にも付き合ってくれましたね」
光里:「うん。でも今はまた眠い」
陽菜乃:「結局眠いんじゃん」
光里:「それは譲れない」
一同が笑う
影乃も思わず口元を緩めた
影臣は湯呑みに手を添えたまま、少し考える
影臣:「私は……」
陽菜乃:「また難しく考えてる」
影臣:「いえ」
一呼吸置いてから続ける
影臣:「今日は家族全員が、こうして同じ部屋にいることが嬉しかったですね」
部屋が静かになる
光里:「……お父さん、それ急にいい話」
陽菜乃:「なんか照れる」
影臣:「気分と言われると難しいですが、それが今日、一番心に残ったことです」
影乃は父の言葉を日記帳へ小さく書き留めた
陽菜乃が立ち上がる
陽菜乃:「よし、アイス食べよ」
光里:「賛成!」
影臣:「私は温かいお茶でも」
陽菜乃:「えー?アイスだよ?」
影臣:「その組み合わせも悪くありません」
光里:「じゃあ私はアイス二本」
陽菜乃:「一本まで!」
光里:「えー」
影乃はそのやり取りを見ながら、小さく笑う
影乃:「みんな……本当に好きなものの話になると楽しそうですね」
陽菜乃:「好きなものは真剣になるよ」
光里:「だって好きだもん」
影臣:「大切なものには、自然と時間を使いますからね」
影乃はその言葉を静かに受け止めた
好きなものは、人それぞれ違います
アイスだったり、家族と過ごす時間だったり、眠ることだったり
大きな出来事ではありません
けれど、その人が本気になれるものは、案外そんな日常の中にあるのだと思います
影乃は日記帳を閉じず、もう一度「今日の気分」という文字を見つめました
まだ答えには届いていません
けれど、今日という一日を大切に思う気持ちは、少しずつ集まり始めていました

結論から言えば、その場にいた全員が正しかった
だから困った
正解が一つではない問題は、選択する側の負担だけが増える
効率は……最悪だ
影乃:「みんなの話を聞いて、ますます分からなくなりました」
光里:「何が?」
影乃:「……一つだった疑問が、四つくらいになりました」
陽菜乃:「増えてるじゃん」
影臣:「それだけ考えられたということですね」
影乃は日記帳を見つめる
影乃:「でも、日記には一つしか書けません」
光里:「本当に?」
影乃:「え?」
光里:「誰が決めたの?」
影乃は少し考える
影乃:「……そう書く欄だから……です」
陽菜乃:「欄なんて気にしたことないなぁ」
影臣が静かに口を開く
影臣:「では、一つに絞る方法を考えてみましょう」
陽菜乃:「会議になった」
光里:「お父さん、本気だ」
影臣:「影乃が困っていますから」
影乃は姿勢を正した
影乃:「お願いします」
影臣:「まず、一番長く続いた気持ちは何でしたか?」
影乃:「朝は楽しみでした」
影臣:「昼は?」
影乃:「安心していました」
影臣:「夕方は?」
影乃:「少し考え込んでいました。」
影臣:「今は?」
影乃:「穏やかです」
陽菜乃:「全部違うね」
光里:「満場一致」
影臣:「では、一番強かった気持ちは?」
影乃は少し首を傾げる
影乃:「……どれでしょう」
陽菜乃:「全部同じくらい?」
影乃:「はい」
光里:「難易度高いなぁ」
影臣:「では、一番長く覚えていたい気持ちは?」
影乃は少しだけ微笑んだ
影乃:「それも……全部です」
陽菜乃:「あー」
光里:「詰んだ」
選択には理由が必要だ
理由がない選択は、運任せと変わらない
だが今回は違う
比較する基準そのものが成立していない
勝敗のない競争ほど、結論は出にくいものだ
それは遠回りだ……もっと条件を整理すればいい
陽菜乃:「ねぇ」
影乃:「はい」
陽菜乃:「そもそも、一つに決める必要あるの?」
影乃:「……」
光里:「お母さん、それ今?」
陽菜乃:「だって、一日で気分変わるの普通じゃない?」
影乃:「それは……」
陽菜乃:「朝と夜が同じ人なんて、あんまりいないと思うよ」
影臣は腕を組み、小さく頷いた
影臣:「確かに、その考え方もあります」
影乃:「でも、『今日の気分』です」
陽菜乃:「だから?」
影乃:「一つ……では」
光里:「影乃って真面目だね」
影乃は少し照れたように笑う
光里:「私はさ」
影乃:「うん」
光里:「眠かったけど、ご飯食べたら元気だったし、今はまた眠い」
陽菜乃:「戻ってる」
光里:「それ全部今日じゃん」
影乃:「そうですね」
光里:「だったら全部私」
陽菜乃:「私もアイス食べたい気分だけじゃなくて、みんなと話して楽しい気分でもあるし」
影臣:「私も同じです」
影乃は静かにページを見つめた
そこには、一行しかない
けれど、その一行へ収まらない一日が確かにあった
最適解は、「削ること」とは限らない
残すことで損をする場合もある
だが、削ることで失う価値もある
今回の問題は後者だった
一つにまとめれば書きやすい
その代わり、一日の本当の姿を失う
支払う代償としては少し高い
だから影乃は、まだペンを動かさなかった
結論を急がないという選択にも価値はある

影乃は日記帳を見つめたまま、まだペンを持っていました
一つに決めようとすると決まらない
決めなくてもいいと言われると、それも違う気がする
……いえ、その気持ちは分かるのですが、少し真面目になりすぎているようにも思いますね
陽菜乃:「ねぇ」
影乃:「はい」
陽菜乃:「その日記って、一行しか書いちゃダメなの?」
影乃:「そんな決まりはありません」
陽菜乃:「じゃあ書けばいいじゃん」
影乃:「でも、『今日の気分』なので……」
光里:「全部今日じゃん」
影乃:「それはそうなんですが……」
影臣:「影乃は、その一言に誠実でいたいのでしょう」
影乃は静かに頷いた
陽菜乃は日記帳を覗き込む
陽菜乃:「じゃあさ」
影乃:「はい」
陽菜乃:「朝は楽しみ、昼は安心、夕方は考え込んで、夜は穏やか……って、そのまま書けば?」
影乃:「……」
光里:「あ」
影臣:「なるほど」
影乃は何度もページを見返した
影乃:「……書いて、いいんでしょうか?」
陽菜乃:「誰も止めないよ?」
光里:「というか、それが今日だったんでしょ」
影臣:「事実を書けば、それで十分だと思います」
影乃は小さく息を吐き、ペンを走らせた
さらさら、と静かな音が部屋に響く
全員が見守る
書き終えた影乃は、少し照れくさそうに笑った
影乃:「書けました」
陽菜乃:「なんて書いたの?」
影乃は日記帳をそっと見せる
そこには……こう書かれていた
『今日の気分は、一つではありませんでした』
部屋が静かになる
陽菜乃:「……あ」
光里:「それでよかったんだ」
影臣:「ええ」
誰も反論しなかった
一番短い答えが、一番今日らしい答えだったから
陽菜乃:「……あれ?」
光里:「どうしたの?」
陽菜乃:「最初からそれでよくない?」
影乃:「……」
影臣:「……」
光里:「……確かに」
一瞬の沈黙……そして
影乃:「そう……ですね」
陽菜乃:「一時間くらい話したよね?」
光里:「うん」
影臣:「話しましたね」
影乃:「みんな、本当にありがとうございました」
陽菜乃:「いやいや」
光里:「結局、一行だったけど」
影臣:「その一行を書くために必要な時間でした」
陽菜乃:「お父さん、またいいこと言おうとしてる」
光里:「始まった」
影臣:「いえ、私は事実を……」
その瞬間
「ふっ……」
誰かが小さく笑った
影乃だった
影乃:「ごめんなさい……」
陽菜乃:「影乃が笑った!」
光里:「珍しい!」
影臣も少しだけ口元を緩める
皆さんは、とても真面目でした
だからこそ、「一つの気分」を探しているうちに、「一つでなくてもよい」という、とても単純な答えへ遠回りしたのです
いえ、その理屈は分かるのですが……っ
真剣に考え続けた結果が、一番自然な答えだったというのは……っ、待って……少し面白いですね
ですが、その遠回りは無駄ではありませんでした
家族みんなで話したからこそ、影乃は安心してその一文を書けたのでしょう
結局、何だったのでしょう?
よく分かりませんが……少し楽しい夜でした

物語は以上です
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