26年6月23日:KKN 担当:ヘリテージ・ループ(Heritage Loop)
こんばんは
ヘリテージ・ループ(Heritage Loop)ナクティアだ
今回のテーマは変化の観察
公園の工事
変わる街
変わる人
ただし、本人達はあまり気付いていない
変化というのは大抵そういうものだ
大きな事件はない
劇的な成長もない
その代わり、見ていれば分かる変化がある
今回は以下の議案を参考にした。興味があるなら覗いていけ
それでは本編へ
本日の小説は『工事中のまちと、まだ知らない明日』だ

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ガガガガガ
ガガガガガ
休日の昼だった
窓の外から工事の音が聞こえる
住宅街には少し大きな音だ
光里はソファに寝転がりながら窓の外を見た
光里:「ねえ」
影乃は本から顔を上げる
影乃:「どうしましたか?」
光里:「また工事してる」
影乃:「そうですね」
光里:「なんか最近ずっとやってない?」
影乃:「そうかもしれません」
光里:「もしかして……公園消える?」
影乃:「えっ……何がですか」
光里:「公園」
影乃:「なぜそうなるんですか?」
光里:「工事してるから」
影乃:「……工事をすると消えるんですか?」
光里:「知らん」
影乃の肩が少し震えた
笑いを堪えている
それも無理はない
工事してるから消える?
どういう理屈なんだろう……
でも光里はいたって真面目だ
思ったことを言う
気になったことを聞く
分からないことは分からない
でも……不思議なことに、その一言が家族を動かすことも多い
今回もそんな予感がした
キッチンから陽菜乃が顔を出す
陽菜乃:「逆じゃない?」
光里:「逆?」
陽菜乃:「無くすならお金かけないでしょ」
光里:「あっ」
納得した
ものすごく早かった
影乃:「納得も早いですね」
光里:「だって確かにそうじゃん」
陽菜乃:「でしょ?」
光里:「じゃあ何作ってるの?」
陽菜乃:「知らん」
今度は母だった
光里:「知らんのかい!」
陽菜乃:「知らん!」
影乃:「知らないんですね」
陽菜乃:「知らないね!」
なんだか少し面白い
さっきまで光里だけが知らなかったのに、気付けば全員知らなかった
毎日通る場所
近所の公園
工事していることは知っている
でも何をしているかは知らない
案外そんなものなのかもしれない
影臣が新聞から顔を上げた
影臣:「そう言われると、私も知りませんね」
光里:「お父さんも?」
影臣:「ええ」
光里は少し驚いた顔をした
父は何でも知っている気がしていたのだろう
でも影臣は分からないことを分からないと言う
だから家族も安心して分からないと言える
それって結構すごいことだと思う
光里:「じゃあ誰も知らないじゃん」
影乃:「そうなりますね」
光里:「じゃあ調べよう」
おっ
それは少し意外だった
光里は興味を持つことは多い
でも調べるところまで行くことは案外少ない
だから今の一言は小さな変化だった
本当に小さな変化だ
でも人が前へ進む時って、こういう小さな一歩から始まるんだよね
影乃:「どうやってですか?」
光里:「え?」
影乃:「調べる方法です」
光里:「……どうやって?」
そこまでは考えていなかったらしい
影乃はつい吹き出した
光里:「笑ったな」
影乃:「少しだけです」
光里:「ひどい」
影乃:「ですが」
影乃は少し考えた
そして静かに言う
影乃:「私も少し気になります」
光里:「えっ、ほんとに?」
影乃:「はい」
光里の表情がぱっと明るくなった
誰かが自分と同じことを気にしてくれる
それだけで嬉しい
興味を共有してもらう
たったそれだけなのに、人の顔はこんなに変わる
陽菜乃が手を叩く
陽菜乃:「じゃあ見に行こう」
光里:「今から?」
陽菜乃:「今から」
影乃:「調べないんですか?」
陽菜乃:「見た方が早いじゃん」
相変わらず豪快だった
でも嫌いじゃない
むしろ日ノ出家らしい
気になる
だったら見に行く
難しいことは後で考える
光里:「確かに!」
影乃も小さく笑った
影臣は静かに新聞を畳む
影臣:「散歩ですね」
陽菜乃:「散歩だね」
光里:「行こう!」
おっ、動いた
光里が気になった
影乃が興味を持った
陽菜乃が話を進めた
影臣が静かに乗った
いつもの日ノ出家だ
でも今日は少し違う
「気になる」で終わらなかった
ちゃんと見に行こうとしている
結果なんてまだ分からない
何も見つからないかもしれない
それでもいい
だって今日の主役は工事中の公園じゃない
一歩踏み出した日ノ出家だから
そんな予感がする昼下がりだった

日ノ出家は近所の公園へ向かっていた
光里は先頭
陽菜乃はその横
影乃と影臣は少し後ろを歩いている
光里:「思ったより普通だね」
陽菜乃:「何を想像してたの」
光里:「巨大テーマパーク」
陽菜乃:「近所の公園に?」
光里:「ワンチャン」
陽菜乃:「ないない」
工事中の公園は、確かに工事中だった
囲いがあり
重機があり
作業員が働いている
でも消える様子はない
むしろ整えられているように見えた
影乃:「新しくする工事かもしれませんね」
光里:「なるほど」
光里は工事現場を見つめる
そして少し首を傾げた
光里:「そういえばさ」
陽菜乃:「うん?」
光里:「私ここで遊んでた記憶ある」
陽菜乃:「あるね」
光里:「え、知ってるの?」
陽菜乃:「お母さんだよ?」
光里:「確かに」
陽菜乃は笑った
影臣も少しだけ目を細める
家族というのは不思議なものだと思う
本人が忘れていても
誰かが覚えていることがある
光里が忘れた景色を、陽菜乃は覚えている
そんな小さな記憶の共有も、繋がりの一つなのだろう
光里:「影乃も来てたっけ?」
影乃:「来ていました」
光里:「覚えてる?」
影乃:「少しだけ」
光里:「私は全然覚えてない」
影乃:「お姉ちゃんは滑り台から落ちて泣いていました」
光里:「えっ」
陽菜乃:「あったあった」
光里:「嘘でしょ」
影臣:「本当ですよ」
光里:「全員覚えてるの!?」
影乃:「覚えています」
陽菜乃:「覚えてる」
影臣:「覚えていますね」
光里だけが覚えていなかった
少し恥ずかしそうな顔をする
けれど家族は誰も笑わない
からかうでもなく
責めるでもなく
ただ懐かしそうに話している
影乃:「お姉ちゃん、そのあともう一回登ったんですよ」
光里:「そうだっけ」
影臣:「泣きながら登っていました」
光里:「私すごくない?」
陽菜乃:「そこだけはすごい」
光里:「そこだけ?」
陽菜乃:「そこだけ」
光里は不満そうだった
でも少し嬉しそうでもあった
忘れていた話なのに
家族が覚えていてくれた
それは案外悪い気分ではないらしい
工事現場の横を通り過ぎる
新しくなる公園
これから出来上がる景色
でも今日の家族が見ていたのは、それだけではなかった
光里:「あっちも工事してる」
影乃:「駅の方ですね」
光里:「結構いろんなところ変わるんだね」
影乃:「そうみたいです」
影臣は駅の方向を見る
しばらく黙っていた
光里が気付く
光里:「お父さん?」
影臣:「いえ」
少しだけ考えてから続ける
影臣:「昔はあの辺りも随分違いました」
光里:「そうなの?」
影臣:「ええ」
陽菜乃:「始まった」
光里:「何が?」
陽菜乃:「お父さんの昔話」
影臣は少し困ったように笑う
影乃は静かに父を見る
光里も見る
誰も急かさない
誰も話を奪わない
だから影臣はゆっくり話し始めた
今は無くなった店
昔の駅前
子供の頃に見ていた景色
家族は黙って聞いている
それが少し印象的だった
誰かの話をちゃんと聞く
簡単なようで難しい
でも日ノ出家は自然にそれをしていた
影臣が話しているから聞くのではない
家族だから聞くのだと思う
光里:「じゃあ結構変わったんだ」
影臣:「そうですね」
光里:「なんか不思議」
影臣:「そうですね」
光里は駅の方向を見る
昔の景色は知らない
見たこともない
でも少しだけ想像していた
父が見ていた景色を
そんな時間も悪くないと思う
街は変わる
公園も変わる
駅も変わる
だけど……誰かが覚えている景色は消えないのかもしれない
そしてその景色は、こうして誰かへ渡っていくのだと思う
家族の会話の中を通りながら
静かに
確かに

数日が過ぎた
工事中の公園は相変わらず工事中だった
駅前も変わらない
学校も変わらない
少なくとも見た目は
そして……日ノ出家も変わらない
……たぶん
光里:「あれも工事してる」
買い物帰りだった
光里が道路の向こうを指差す
陽菜乃:「最近よく見つけるね」
光里:「そう?」
陽菜乃:「前は気付いてなかったじゃん」
光里:「そうだっけ?」
そうだと思う
光里は少し立ち止まる
前なら通り過ぎていた場所
今は少し見る
それだけ
それだけだった
影乃は隣を歩いていた
光里:「影乃」
影乃:「はい」
光里:「あれ何の工事だと思う?」
影乃:「分かりません」
光里:「調べる?」
影乃:「調べますか」
光里:「調べよう」
少し増えた気がする
こういう会話
前からあったかもしれない
でも今は少し違う
理由は分からない
ただ回数が増えた
そんな気がした
家に帰る
影臣は居間にいた
テーブルには資料が置かれている
影乃:「何を読んでいるんですか?」
影臣:「少し気になりまして」
影乃:「そうですか」
会話は終わる
短い
いつも通り
でも影乃は椅子を引いた
以前なら……たぶん部屋へ戻ったと思う
影臣の隣に座る
影臣は何も言わない
影乃も何も言わない
静かだった
それで十分だった
少しして光里が来る
光里:「何してるの?」
影乃:「見ています」
光里:「何を?」
影臣:「工事の話ですね」
光里:「あっ」
光里も座る
椅子が一つ増える
誰も呼んでいない
でも集まっていた
そういうこともある
陽菜乃:「なにそれ楽しそう」
最後に陽菜乃が来る
いつもの流れだった
でも少し違う
前はテレビを見ていた
前は別々だった
前は工事なんて気にしていなかった
変わった
けどたぶん……本人達は気付いていないと思う
光里:「へえ」
影乃:「そうなんですね」
影臣:「なるほど」
陽菜乃:「知らなかった」
そんな会話が続く
特別な話ではない
大きな発見もない
でも誰も席を立たなかった
それが少し印象に残った
変化というほどではない
成長というほどでもない
ただ……前より少しだけ
同じ方向を見ているようだった

夕方だった
空は少し赤くなり始めている
工事中の公園の前を、日ノ出家は歩いていた
囲いの向こうでは作業が続いている
重機が動く
土が掘り返される
まだ完成していない景色だった
光里:「いつ出来るんだろうね」
陽菜乃:「そのうちじゃない?」
光里:「雑だなあ」
陽菜乃:「完成したら分かるよ」
光里:「それはそう」
誰も完成日を知らない
けれど誰も困っていなかった
完成していないことを受け入れているようにも見えた
公園はまだ途中だった
街もたぶん途中だ
人もそうなのかもしれない
影乃は囲いの向こうを見る
影乃:「前の遊具、もうありませんね」
光里:「あ」
少しだけ沈黙が落ちる
確かに無くなっていた
以前あった滑り台
古い遊具
気付けば景色から消えている
新しいものが出来る
その代わりに、無くなるものもある
当たり前のことだった
けれど……当たり前だから寂しくないという訳でもない
影臣:「私が子供の頃も同じでした」
光里:「そうなの?」
影臣:「ええ」
影臣は工事現場を見る
どこを見ているのかは分からない
今の公園なのか?
昔の公園なのか?
あるいは別の何かなのか……
影臣:「残るものもありました」
少し間を置く
影臣:「残らないものもありました」
光里は黙って聞いていた
いつもなら何か言う
すぐに感想を言う
でも今は言わない
それほど難しい話ではない
ただ……何となく分かる気がしたのかもしれない
影乃:「全部は残せませんからね」
影臣:「そうですね」
陽菜乃:「でも全部残ってたら大変じゃない?」
光里:「物で埋まりそう」
陽菜乃:「家の押し入れみたいに」
光里:「お母さんの?」
陽菜乃:「私の」
そこだけは妙に潔かった
少し笑い声が起きる
長くは続かない
静かな夕方だった
工事現場の向こう側では、これから新しい景色が作られる
たぶん今より便利になる
使いやすくなる
喜ぶ人もいると思う
でも……今日話していた滑り台は戻ってこない
昔の駅前も戻らない
影臣が見ていた景色も
光里が忘れていた記憶も
そのままでは戻らない
失われたものは確かにあった
ただ……何も残らなかった訳ではない
光里:「完成したら見に来よう」
影乃:「そうですね」
陽菜乃:「お弁当持って行こうか」
光里:「いいね」
影臣は小さく笑った
それだけだった
失われたものは残る
思い出として
話として
少しだけ形を変えながら
全部が上手くいった訳ではないのかもしれない
全部が残った訳でもない
けれど……新しく出来る公園を見に行こうと話している人達がいる
それで十分なのかもしれない
工事中の景色は、まだ完成していなかった
だからこそ……少しだけ未来の形に見えた

以上で本編は終了だ
失われた遊具は戻らない
昔の景色も戻らない
再開発というのは、そういうものだ
残るものだけを見れば観測精度が落ちる
消えたものも含めて記録する必要がある
街の変化
人の変化
観測結果を音楽として出力した
必要なら聴いていけ
『変化観測記録』
