【リューカデンドロン】第5章 「本番の始まり」
第5章テーマは、反復真実効果(Truth Effect in Repetition)
反復真実効果は【繰り返されると、正しそうに感じやすい】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第5章 「本番の始まり」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい
↓第5章のイメージ楽曲↓
前回のあらすじ
放課後
いつもの中庭
いつものベンチ
気づけば、俺の方が先に来ていた
最近はこれが普通だ
呼ばれているわけでもない
約束しているわけでもない
それでも……来る
理由は分かっている
……いや、分かっているようで、まだ言葉にしていないだけか
ベンチに座って空を見上げる
夕方の空は少し暗くなり始めている
この時間になると、落ち着く
この場所にいると、落ち着く
そして、橘みのりといると、一番落ち着く
沈黙でも平気だ
むしろ沈黙の方がいい
無理に話さなくていいし
気を使わなくていい
……普通は逆だろう
会話がない方が楽な相手なんて、そうそういない
つまりこれはもう……ただの練習相手じゃない
そこまで考えて、軽くため息をついた
……認めるのは、まだ早い
足音が聞こえた
「高瀬さん」
振り向くと、みのりさんが立っていた
いつも通りの真面目な顔
いつも通りの少し小さな声
それだけで、少しだけ安心する
本当に妙な話だ
「今日も……お願いしていいですか?」
「ええ。私は逃げませんよ」
いつもの返事をする
みのりさんは少しだけほっとした顔をして、俺の前に立った
距離が近い
最近は、この距離に慣れてきた
いや、慣れてきたどころか……このくらいじゃないと落ち着かない気がする
みのりさんは小さく息を吸って言う
「す……好きです」
何度も聞いた言葉だ
「わ、私と……」
ここで、止まる
そして、沈黙
何回目だろう
もう……数えていない
毎日、ここで、同じ言葉を聞いている
好きです
練習のはずだ
本番じゃない
誰か別の相手に告白するための練習
そういう設定だ
なのに最近、この言葉を聞くたびに、妙に胸に残る
おかしいだろ
何回も聞いてるんだぞ
普通は慣れるものだ
なのに……今の方が
「橘さん」
気づいたら、口を開いていた
みのりさんが少しだけ顔を上げる
「はい」
「いつまで練習するんですか?」
みのりさんが止まった
完全に止まった
沈黙
さっきまでの沈黙とは違う
考えている沈黙だ
やがて、小さく言った
「……分かりません」
「分からない?」
「はい……」
俺は少しだけ首を傾げた
「そもそも、誰に告白するつもりなんですか?」
みのりさんの肩がぴくっと動いた
少し間があって
「……高瀬さん」
「はい」
「怖いです」
思わず間の抜けた声が出た
「怖い?」
みのりさんは目を伏せたまま、小さく続けた
「本気で告白したら……終わりそうで」
終わる?
何がだ
けれど、すぐに分かった
この時間が……
この練習が……
この関係が……
終わるのが怖いのか?
だから、本番をしない
だから、練習のままにしている
続けるために、終わらせない
……なるほど
やっと分かった
変なことをしていると思っていたが……
理屈としては、ものすごく分かりやすい
みのりさんは小さく言った
「だから……」
少し迷って
「もう少し」
また止まる
「練習でいいですか?」
思わず笑いそうになった
本当に真面目だな、この人は
こんな回りくどいことを、真顔で続けている
普通はもっと雑にやるだろ
普通はもっと適当に逃げるだろ
なのに……
毎日来て、毎日好きと言う
そして毎日止まり沈黙する
……何回も練習で聞いた
好きです
なのに、今は……今だけは
それが本当にそう聞こえる

放課後
いつもの中庭
いつものベンチ
今日も私の方が先に来ていた
理由は分かっている
今日は終わらせるつもりだからだ
終わらせると言っても、関係を切るわけじゃない
むしろ逆だ
このまま練習を続けていたら、ずっと終わらない
みのりさんは終わらせないために練習している
私は続けるために付き合っている
……それじゃ、進まない
ベンチに座って空を見ていると、足音がした
「高瀬さん」
振り向くと、みのりさんが立っている
いつも通りの顔
いつも通りの声
でも今日は、少しだけ緊張している気がした
「今日も……お願いしていいですか?」
「ええ」
短く答えた
みのりさんが少しだけ驚いた顔をする
多分、私の方が緊張している
みのりさんは私の前に立った
距離が近い
いつもの距離
いつものはずなのに、今日は少しだけ空気が違う
みのりさんが息を吸った
「す……好きです」
言う
「わ、私と……」
止まる
いつもの沈黙
私は言った
「続けてください」
みのりさんが顔を上げた
完全に驚いている
「……無理です」
「何でです?」
「終わるからです」
即答だった
やっぱりそうか
「終わらないですよ」
「終わります」
「終わりません」
「終わります」
沈黙
少しだけ、笑いそうになった
何だ、この会話は
告白の練習なのに、終わるかどうかで言い争っている
少し間を置いて、私は言った。
「じゃあ、私から言います」
みのりさんが固まった
本当に固まった
まばたきもしない
「みのりさん」
「……はい」
「好きです」
言った
長い沈黙
みのりさんの肩が小さく震えている
やがて、かすれた声で言った
「それは……練習ですよね」
「いえ、違います」
「練習ですよね」
「違います」
「練習ですよね」
「好きです」
もう一度言った
言葉にした瞬間、妙にしっくりきた
何回も聞いた言葉だ
何回も言いそうになった言葉だ
だからかもしれない
全然違和感がない
みのりさんが震えている
下を向いたまま、動かない
長い沈黙
やがて、小さな声
「……私も」
止まる
私は少しだけ笑った
「最後まで」
みのりさんが顔を上げた
目が少し赤い
震えながら、言った
「好きです」
初めて最後まで言った
沈黙
でも今回は逃げない沈黙だった
みのりさんが小さく息を吐いた
「……本番になっちゃいました」
「ええ」
「終わりますか?」
少し考えてから答えた
「終わりません」
みのりさんが少しだけ笑った
本当に少しだけだ
「……よかった」
並んで歩く
いつもの帰り道
いつもの沈黙
でも……今日は違う
告白の後の沈黙だ
無理に話さなくていい
言わなくても分かる
最初は練習だった……
何回も聞いた言葉……『好きです』
その練習で繰り返した言葉が……
気づいたら、本当になっていた
みのりさんは言った
沈黙の方が……好きって感じがすると
多分それは間違っていない
だって、私達は、何も言わなくても……
もう分かっているから
以上で、【リューカデンドロン】の物語はおしまいです
この物語に登場する恋愛心理学の正しい使い方を知りたい方
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