第6章『初陣』第1節:作戦会議【ケンタウルスストーリー】
作戦書の提出期限は明日
チーム・ペイル・インク・トライフェクタの私たちは、会議室へ集まっていた
部屋の中央には大きな机。その上には何枚もの資料が並べられている
サクラミストは椅子に座る前から落ち着きがなかった
サクラミスト
「わあ! 作戦会議だね!」
サクラミスト
「なんか本当にチーム戦って感じ!」
ユキハク
「少し……緊張します」
ユキハクは資料を見ながら静かに呟く
私も似たような気持ちだった
個人戦ならまだ分かる
しかしチーム戦は初めてだ
何を考えればいいのかも分からない
ヴァイスノヴァ
「私もです」
ヴァイスノヴァ
「正直、まだ実感がありません」
ルナヴェイル
「月が昇る前の空のようですね」
ルナヴェイル
「静かですが、何かが始まる気配はあります」
相変わらず独特な表現だと思う
だが、不思議と意味は伝わってきた
そんな中、一人だけ落ち着いている人物がいた
ランだった
ラン
「皆さん、大丈夫ですわ」
ラン
「最初は誰でも分からないものです」
ラン
「ですから、今日は基本から確認していきましょう」
そう言うとランは机の上へ一枚の大きなコース図を広げた
ラン
「今回の参考レースは日本ダービー」
ラン
「東京2400メートルですわ」
サクラミスト
「ダービーだ!」
サクラミスト
「お祭りみたいなレースだよね!」
ラン
「ええ。その通りです」
ランはコース図を指差す
ラン
「まず覚えておいてほしいのは、スタートから最初のコーナーまでが長いことですわ」
ラン
「ですから、慌てて位置を取りに行く必要はありません」
ヴァイスノヴァ
「最初から無理をする必要はないということですね」
ラン
「はい」
ラン
「そしてもう一つ」
ラン
「東京2400メートルは最後の直線が非常に長いのです」
ユキハク
「最後まで……残しておく必要があるのですね」
ラン
「その通りですわ」
ラン
「途中で力を使いすぎると最後に苦しくなります」
ルナヴェイル
「長い夜道に似ていますね」
ルナヴェイル
「序盤で灯りを使い切れば、最後に足元が見えなくなるでしょう」
サクラミスト
「つまり我慢大会!」
ラン
「少し違いますけれど、大体そんな感じですわ」
サクラミスト
「やった!」
ラン
「やってはいませんわ」
少しだけ会議室に笑いが生まれる
緊張していた空気が少し和らいだ
ランは資料を一枚めくった
ラン
「次はチーム戦のおさらいです」
ラン
「チーム戦は五人一組で誰か一人を勝たせる競技ですわ」
私たちは頷く
ラン
「エースは最後に勝負を決める役」
ラン
「ブレイカーは先頭で流れを乱す役」
ラン
「シールドはエースを守る壁」
ラン
「インターセプターは相手の動きを妨害する役」
ラン
「ロードキャプテンは全体を管理する頭脳ですわ」
そして、ランはは作戦表を取り出した
ラン
「それでは今回の担当確認です」
ラン
「サクラミストさんがブレイカー」
サクラミスト
「はい!」
ラン
「ユキハクさんがシールド」
ユキハク
「頑張ります」
ラン
「ルナヴェイルさんがロードキャプテン」
ルナヴェイル
「流れを見ておきましょう」
ラン
「わたしがエース」
ラン
「そして」
ランは私を見る
ラン
「ヴァイスさんがインターセプターですわ」
ヴァイスノヴァ
「……そうですか」
役割自体は理解できる
だが、一つだけ気になることがあった
ヴァイスノヴァ
「インターセプターは難しそうですね」
ヴァイスノヴァ
「相手を見て動く必要があるのですよね」
ラン
「ええ」
ランは穏やかに頷いた
だが、その表情に焦りはない
ラン
「大丈夫ですわ」
ラン
「その話も含めて、これから作戦を決めましょう」
そう言ってランは大きな作戦ボードを机の中央へ置いた
いよいよ本題らしい
私はボードを見つめる
チーム戦
初めてのレース
初めての役割
正直、自信はなかった
(私に何が出来るのだろう)
その疑問だけを胸に抱えたまま、私は次の説明を待った

ランが作戦ボードの前に立つ
先ほどまでの役割説明とは違う
ここからは実際にどう走るかを決める時間だった
ラン
「では今回の方針を決めます」
ラン
「東京2400メートルは長いレースですわ」
ラン
「ですから最初から勝負を仕掛ける必要はありません」
ラン
「中盤まで余力を残し、最後に勝負を持ち込む形にします」
私達は頷いた
ランはボードへそれぞれの名前を書き込んでいく。
ラン
「まずはサクラミストですわ」
サクラミスト
「はい!」
ラン
「今回も先頭で流れを作ってください」
ラン
「一定ではなく、相手が嫌がるペースを意識します」
サクラミスト
「揺らすんだね!」
ラン
「ええ」
ラン
「相手に楽をさせないことが目的ですわ」
サクラミスト
「任せて!」
サクラミストは満面の笑みを浮かべた
こういう役割は彼女に向いていると思う
楽しそうに見えるからだ
ランは次にユキハクを見る
ラン
「ユキハクはシールドです」
ラン
「エースの前……つまり私の前を維持してください」
ラン
「何よりも安定を優先します」
ユキハク
「分かりました」
ユキハク
「崩れないようにします」
短い言葉だった
だが、その一言には不思議な安心感があった
ラン
「お願いしますわ」
続いてルナヴェイル
ラン
「ルナヴェイルはロードキャプテンです」
ラン
「全体を見ながら判断をお願いします」
ルナヴェイル
「ええ」
ルナヴェイル
「流れを見守りましょう」
ルナヴェイル
「夜空も星だけでは完成しませんからね」
ルナヴェイル
「皆さんの位置を見ながら進みましょう」
相変わらず詩的だった
しかし、チーム全体を見るという役割には確かに合っている
そして最後にラン自身の名前へ視線を向ける
ラン
「わたしはエースですわ」
ラン
「最後の勝負を担当します」
サクラミスト
「ランなら大丈夫!」
ラン
「ありがとうございます」
そう言って微笑む
ここまで聞いていて、一つだけ気になることがあった
私は自分の名前を見る
インターセプター
役割の説明を聞く限り、難しい仕事だ
ヴァイスノヴァ
「私は何をすればいいのでしょうか?」
ランは少しだけ優しい表情になった
ラン
「今回は難しいことをしなくて大丈夫ですわ」
ヴァイスノヴァ
「……いいのですか?」
ラン
「はい」
ラン
「ヴァイス達はは初レースですもの」
ラン
「まずはレースを知ることが大切ですわ」
私は黙って聞く
ラン
「無理に相手を妨害しなくて構いません」
ラン
「流れを見てください」
ラン
「周りを見てください」
ラン
「そして私達の近くにいてください」
ヴァイスノヴァ
「それで役目を果たせますか?」
ラン
「十分ですわ」
ラン
「初めてのレースで全てを完璧にこなそうとする必要はありません」
ラン
「経験を積むことも大切な仕事です」
ユキハク
「焦らなくて……いいと思います」
サクラミスト
「うんうん!」
サクラミスト
「最初から全部できる人なんていないよ!」
ルナヴェイル
「最初の一歩は歩幅を知るためにあります」
ルナヴェイル
「走るのは、その後でも遅くはないでしょう」
皆の言葉を聞いているうちに、不思議と肩の力が抜けていく
ヴァイスノヴァ
「分かりました」
ヴァイスノヴァ
「まずは走ってみます」
ラン
「それで十分ですわ」
作戦会議はそのまま進み、やがて作戦書が完成した
提出用紙へ全員の名前が並ぶ
ランが最後の確認を終える
そして、ふと表情を引き締めた
ラン
「最後に一つだけ」
先ほどまでの柔らかな空気が少しだけ変わった
ラン
「チーム戦では、チーム以外の言葉を信用しないでください」
サクラミスト
「え?」
ラン
「相手も勝負をしています」
ラン
「親切に見える助言でも」
ラン
「それが作戦の一部である場合があります」
ヴァイスノヴァ
「なるほど……」
ラン
「信じる相手を間違えると、それだけで負けることもありますわ」
ユキハク
「味方は……チームだけ」
静かな声だった
だが、その言葉は妙に重かった
ラン
「ええ」
ラン
「だから困ったら仲間を見てください」
ラン
「それだけ覚えておいてくださいね」
全員が頷いた
そして私達は完成した作戦書を提出するため、会議室を後にする
廊下を歩きながら私は考えていた
一人で走るだけではない
信じることも、任せることも、チーム戦なのだ
初めてのレース
不安はある
けれど……まずは走ろう
話はそれからだ
次節へ
