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第4章『同盟』第3節:月は触れず、流れだけを借りる【ケンタウルスストーリーイベント】

前回のあらすじ

↓この章『同盟』のイメージ楽曲 物語と一緒にどうぞ↓


春日公園を出ると、先程の静けさは残っているのに、どこか空気だけが軽くなっていた

張り詰めていたものがほどけたわけではない
ただ、余計な重さが抜けたような感覚だ

「次は池の方に行くよ」

ランがそう言って走り出す
私たちも自然にそれに続いたが、すぐに違和感が混じる

ルナヴェイルだけが、出遅れている

明確に遅いわけではない。だが踏み込みが浅く、加速が遅い
動き自体が鈍いというより、どこか噛み合っていない
視線も定まらず、前を見ているはずなのに、見えていないようにすら見える

走りは崩れていない。だが整ってもいない
ほんのわずかにリズムがずれ続けている

無理に合わせようとすればすぐに整うはずの差なのに、それをしない
結果として、ずれたまま進んでいる

春日貯水池が見えてくると、景色が一気に開けた
水面が広がり、光を返す

「きれー!」

とサクラミストが即座に反応して声を上げる
その横でルナヴェイルも水面を見るが、反応が遅い

「……そうね」

と返したときには、すでにサクラミストの興味は次へ移っている

感じていないのか
それとも感じるまでに時間がかかっているのか
判別がつかない

私は並びながら問いかける

「調子が悪いのですか?」
「……悪くはないわ」

ルナヴェイルはと答える
言葉に迷いはないが、状態には迷いがあるように見える

「では、なぜ遅れるのです」
「まだ……流れていないから」

意味が通らない
だが……嘘をついているようにも見えない

大牟田池へ向かう途中、自然とペースが上がる

サクラミストが軽く前に出て、ランがそれを見ながら位置を整える
ユキハクは変わらない速度で中央に収まり続ける
その中でルナヴェイルだけが、じわじわと遅れていく

詰めようとしない
無理に追いもしない
ただ、そのままの速度で進み続ける

普通なら崩れる場面だが、彼女は崩れない
むしろ、崩れないことを優先しているように見える

盤石池の手前で、距離が完全に開く
前方に三人、後方に一人という形になる

完全な分断だ。だがルナヴェイルは止まらない
呼吸も乱さず、そのままのリズムで進み続ける
追いつくための動きが一切ないことが、逆に異様だった

私は少しだけ速度を落とし、横に並ぶ

「置いていかれてますよ」
「ええ」
「それでいいのですか?」

彼女は視線を水面へ向けたまま答えた

「今は……いいの」

その言葉は、諦めでも開き直りでもなかった
ただの事実として置かれている

しばらく無言が続く。風が変わる。水面の揺れが細かくなる
ルナヴェイルが小さく呟く

「まだ……合っていないだけ」
「……何とですが?」

聞き返すが、答えは返ってこない

毛勝親水公園へ向かう道に入る頃、光が少しだけ傾き始める
影が長く伸び、空気の温度がわずかに落ちる
その変化に合わせるように、ルナヴェイルの足取りが変わった

劇的ではない。だが確実に違う
踏み込みの重さが抜け、リズムのズレが小さくなる
完全には揃わない。それでも、さきほどまでの【噛み合っていない状態】からは明らかに抜け出しつつある

私はその変化を見ながら、ようやく理解に近いものに触れる
彼女は遅れていたのではない
合わせていなかったのでもない

ただ……自分が噛み合う瞬間を待っていたのだ

そして今、その手前にいる

まだ完成していない
だが、確実に変わり始めている
その途中だけが、はっきりと見えていた

今回の走行ルートです グーグルマップより抜粋

毛勝親水公園へ差しかかると、水の音がはっきりと聞こえるようになった
さっきまで散っていた風が、同じ方向へ流れ始める
木々の揺れも、ばらつきが消えて揃っていく

環境そのものが、一つのリズムを持ち始めているのが分かる
その中で、ルナヴェイルの呼吸が静かに整った
さっきまであったわずかなズレが……消えている

私はその変化を見逃さない
足取りが軽くなったわけではない
速くなったわけでもない

ただ、何も引っかからないような動きになっている

水辺の細い道に入ると、その違いははっきりした
ルナヴェイルは無理に加速しない
それでも遅れない
踏み込みも、抜きも、すべてが同じ間隔で続く
乱れないというより、そもそもズレる要素がない

ユキハクのように崩さないのではなく、最初から崩れる位置にいない走りだった

惣利池へ続く道は、水面が連続して見える
風の流れが途切れず、草の揺れも同じ周期を刻む
その中でルナヴェイルの動きが、明らかに周囲と同じリズムになる
足音だけが遅れることもない

サクラミストが首をかしげる

「なんか……変じゃない?」

視線の先はルナヴェイルだが、違和感の正体を掴めていない

「いえ……変なのは……私達の方だ」

私はこう答えた
実際……彼女の方が環境と揃っている

試しに、私はルナヴェイルの後ろにつき、ぴたりと同じ軌道をなぞる
最初の数歩は合うが、すぐにズレる
踏み込む位置が合っているのに、次の一歩で外れる

距離ではなく、間が一致しない

私はわずかに歩幅を調整しながら、真剣に再現しようとする
すると逆に動きがぎこちなくなり、足がもつれるように前へ出る
走りながら調整している自分の姿が、少し滑稽だと気づくがやめない

私は理解し始める
ルナヴェイルには、自分のリズムがない
正確には、固定されたリズムを持たない

その場にある流れに、後から合わせているのでもなく……最初からそこに乗っている

「何に合わせているのですか?」
「……流れているものに合わせてます」

ルナヴェイルは視線を水面に落としたまま答える
言葉は曖昧だが、動きは明確だった

白水池へ入ると、視界が一気に広がる
水面の揺れ、風の流れ、地形の傾き、そのすべてが同じ方向へ収束している

ここでルナヴェイルの動きが完全に一致した
彼女は速く見える
しかし実際の速度は、それほど変わっていない
前へ進む抵抗が消えているだけだ

私は対抗するように一気に加速する
脚を強く出し、前へ押し出す

しかし数歩で呼吸が乱れ、地面に足が引っかかる
速度は出ているのに進みが重い
その横を、ルナヴェイルが同じ速度で滑るように通り過ぎる
抜かれた感覚がないのに、前にいる

私は減速しながら理解する。速く走っているのではない
流れに逆らっていないだけだ

だから……無駄な力がいらない
だから……疲れない
だから……崩れない

白水大池公園に入ると、全員が自然に速度を落とした
誰も合図しないが、同じタイミングで止まる
空気は静かだが、重くはない。むしろ軽い方だ

「なんか、すごかった!」
サクラミストが素直に言う

「うん、綺麗だったね」
ランが続ける

「……綺麗、か」
私はその言葉を反芻する
確かに、そう表現するしかない

ルナヴェイルは淡く首を振る

「乱れていなかっただけ」

崩さない者がいる
流れに乗る者がいる
私はそのどちらでもない

ただ、自分の速度で前へ出ることしかできない

それでも、今は分かる。速さだけでは届かない場所がある
その存在を知っただけで、走りは少しだけ変わる気がした

次節へ


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この節に登場したケンタウルス

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