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【攻略する側が堕ちるゲーム】第1章 「接触回数=好感度?なら、牛乳を毎朝届ければいい」

第1章テーマは、ザイアンスの法則(単純接触効果)

ザイアンスの法則は、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが提唱した「人は繰り返し接触する対象に対して好意を持ちやすくなる」という法則です

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第1章 「接触回数=好感度?なら、牛乳を毎朝届ければいい」をお楽しみ下さい

序章

朝六時。俺は階段の踊り場に立っていた
湯気の立つ牛乳瓶を片手に、神妙な面持ちで

「……遅いな。メイドなら、もっと時間に正確でも良いのでは?」

小声で毒を吐きつつ、耳を澄ます。あと五歩。いや、四歩だな。ゆかりの足音は規則正しくて、秒針よりも信頼できる

――来た

「おはようございます、旦那様」

階段の上から降りてきたのは、いつものメイド。いつも通りの無表情。手には掃除用のクロス。目線は俺をすり抜けて、背後の埃を見ている。まったく、失礼なやつだ

「……おはよう。今朝の牛乳だ。受け取れ」

「はい」

感情ゼロで瓶を受け取ると、軽く会釈してそのまま洗面所の方へ向かってしまった。牛乳を片手に、まるで配達員から荷物を受け取ったかのような態度。いや、せめて一言くらい何かあってもいいだろう

「……それ、俺が温めたやつなんだけどな」

独り言に意味はない。やつには届かない

だがこれは、第一フェーズだ
“顔を合わせる頻度”を増やせば、人間の脳は勝手に好意を抱くようになる。……らしい
ならば、俺がやるべきことはひとつ。全力で、無意味な接触回数を稼ぐことだ

次の日の朝も、同じ時間に同じ場所で待った
牛乳を温め、瓶を磨き、さらにコースターまで用意した。昨日よりも進化している。これはもう、ほぼ儀式である

「おはようございます」

「今日も良い朝だな。君のために、朝日色の牛乳を用意した」

「……ありがとうございます」

少し間があった。気のせいか、牛乳を受け取る手が、一瞬迷ったようにも見えた。が、表情に変化はない。これが“ほぼ透明人間”と呼ばれる所以だろう

その日、昼食時
俺はわざと台所付近をうろついた。水差しを取りに行くふりで、3回。ナプキンを替えるふりで、2回。計5回の接触

「旦那様、ナプキンは昨日のままで問題ないかと」

「いや、色褪せて見える。紫外線に晒されすぎたんだ。きっと寿命だ」

「そうですか」

無。これ以上ない“無”の返事。俺のボケが音速を超えて空振りするのを、何度味わったことか

夜、食後

「お茶を持ってこよう」

「承知しました」

「いや、俺が淹れる」

「……?」

少しだけ首を傾げられた。反応が出た! と思ったが、そのまま無言で去っていく
淹れたお茶をわざとらしくソファに置き、少しだけ間を置いて言ってみる

「ほら、こっちにも一応席が空いてるぞ?」

「命令ですか?」

「……いや、違う」

「では、失礼します」

振り返りもせずに去っていく。音もなく、風もなく

……ああ、これはなかなかの強敵だ
だが、奴は知らない。この無意味に見える接触にも、ちゃんと意味があるということを

俺の勝利条件はただひとつ。
“笑わせたら勝ち”

ゆかり、お前の表情筋は、いつか俺が動かしてやる

朝。六時きっかり

「……よし、今日も完璧だ」

俺は牛乳を三段階の温度で用意した。熱い、ぬるい、冷たい。人はその日の気温や気分によって好みが変わる。なら、全部持っていけばいい。選ばせれば、心も少し開くかもしれない。……知らんけど

ゆかりが階段を下りてくる音がした
今日も変わらないテンポ。規則正しく、無感情で

「おはようございます、旦那様」

「今日は気温に合わせて3種の牛乳を用意した。好きなのを選ぶがいい。ちなみに俺のおすすめは“ぬるホット”だ」

ゆかりは無言で、一瞬すべての瓶を見渡したのち、「……これを」とぬるいやつを手に取った。無言の勝利。いや、違うな。勝利ではない。これは“反応”だ

「ほう。ぬるホットか。君とは良い酒が飲めそうだな。牛乳だが」

「……はい」

そこで“はい”が返ってくるの、逆に怖いな

その日、俺はさらなる接触のため、掃除ルートを把握しておいた。
彼女はいつも西の廊下を左回りに進み、最後に階段下で終了する。ならば、そこに俺が“たまたま居合わせる”という演出ができる。名付けて、“偶然の積み重ね作戦”

10時20分、西の廊下

「おや、ここにもホコリが。たまたまだな」

「掃除のルートは公開しておりませんが……偶然ですね」

棒読みの皮肉か? いや、さすがに違うか? それとも、俺が動揺しているだけか? 何だこの勝負

午後、書斎。彼女は棚の拭き掃除をしていた。そこへ俺は、雑誌を5冊小脇に抱えて現れる。実に自然な動作で、彼女の真横に腰を下ろした。隣に人がいることで、空間認識が高まる。つまり、印象に残る。たぶん

「……本日、読書日和だな」

「窓は閉まっていますが」

その返しはどうなんだ

「いや、そういう比喩的な意味だよ。君も何か読むか?」

「命令ですか?」

「いや、違う。俺の心からのオススメだ」

「では、必要ありません」

あまりにも綺麗に断られたので、一冊だけ強引に手渡しておいた。背表紙は“哲学入門”。中身は読まなくていい。触ってくれれば、それでいい

俺は自室の扉を開けたところで、妙な気配を感じた。足元に、牛乳瓶が一つ置かれていた。昨日の、俺が渡したぬるホットと同じ温度のやつだ。空き瓶だ。綺麗に洗われ、ラベルが丁寧に剥がされていた

「……なんだこれ」

手に取ると、瓶の底に小さな紙切れが貼られていた

『毎朝、ありがとうございます』

手書き。癖のない、几帳面な字。これは――ゆかりの字か?

俺は床に座り込んだ

こんなささいな返礼に、まさか心が動くとは。いや、これは反則だろ。こういうのをやられたら、まるで……まるで、“こっちが好意を持ってる側”みたいじゃないか

ダメだ
この勝負、“笑わせたら勝ち”だったはずなのに

……もうすでに、接触の副作用が出ている

俺の方が、なんだか一番笑わされている気がする

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↓第1章オマケを動画にて公開 気になる方はcheck↓


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