拝み屋の知恵袋⑥呪術師の祭文の秘密
儀式やお祭りや供養などで使う祈祷文のことを祭文といいます。祖母の出身地では独特の節回しと喉の使い方で祭文を読む風習があったようですが、ご詠歌などが得意な祖母の祭文の読み方は独特でした。女性の割に太くかすれた声で力がこもっていたのですが聞いていてとても爽やかでした。民間祈祷師なんだからお経でも祝詞でも祭文でも、とにかくお客様が聞き苦しくないように立派に読めと私は父に言われました。木魚の叩き方なども人によって様々です。みんなお世話になったお寺や神社や師匠のいいとこどりをしている感じでした。大きなお寺や立派な神社で神主さんやお坊さんが祈祷で読む祝詞やお経がイマイチでも有難いで済んでしまいますが、貧しい山寺の拝み屋の祈祷や出張でお祓いをする霊媒師が祭文が下手では誰にも相手にされません。
前にも書いたことがありますが祭文の読み方や鳴り物の技術がいくらうまくても、本人が酔いしれては神仏や霊には届かないと言われています。芸能の力でお客様の心を感動させている次元は煩悩や業を強化するからマイナスだとも聞きました。
時間、空間、過去にあったこと、未来に起こるであろうこと、人間の次元を超えたものに聞かせ、説得するのなら確かにそうなのかも知れません。日舞で人間国宝だった先生が清元の大家のお母様であるお弟子さんに「お客様が見ていてどこも気になるところがなくて終われたらそれが一番いい踊りなんだよ」とおっしゃったそうです。名人は艶や媚や技術を見せつける芸を嫌ったそうです。
先祖供養を頼まれた時は一般的な回向文では先祖代々の一切の諸々霊などと表したり〇家のご先祖様などと普通はお呼びします。檀家寺院などではお墓は長男直系で父方のご先祖様を中心に祀りますが、拝み屋までわざわざ尋ねてくるほど障る霊が父方限定なわけがありません。父方と母方だけでなく父の父方、父の母方、母の父方、母の母方、さらに養子などある場合は縁があるすべての苗字をお呼びします。〇家、〇家、〇家、〇家の皆様ならびにご縁のある〇家の皆様方!といった形です。
でももし霊が生きていたなら〇家の皆様!と呼ばれて自分だと気付くでしょうか?
口伝の民間祈祷師の祭文などでは、12カ月の季節の描写や地域の説明(寒い雪国、〇〇の美味しい島など)に加えて生まれ年の干支で呼びかけたり、お祖父さん、お祖母さん、お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、お嬢ちゃん、お坊ちゃん、など様々な霊に当てはまる呼びかけを加えたりします。たとえば私が今死んだとしたら、〇家の皆様!より、〇家の午年生まれの未婚で死んだお姉さん(一応お姉さんで許して下さい)!と言われた方が自分だとわかるからなのです。セミナーなどに参加したお客様に対して、皆さん!と話しかけるより、年代や出身地ごとに手を上げさせて説明したり、右の列の人に聞きますと話しかけた方が、自分のことだと感じて真剣に聞くのと同じです。
法華経の序品第一の護法神や諸菩薩のお名前の勧請、いざなぎ流で山の神や眷属のお名前を沢山唱えたりする山の神の祭文なども、神様方に届くようにたくさんのお名前をお呼びしてお越し頂くわけです。不動明王の眷属の童子様や龍神様に対しても、すべての童子様!すべての龍神様!では通らないわけです。
伝統芸能になった祭文や説教節も昔の人の心を打つ哀しい物語や笑いを取る物語が多かったようです。耳なし芳一では琵琶法師の弾き語りを平家の霊が好み、最後は経文を書いていなかった耳を芳一はちぎられてしまいます。ここでも霊的なことをする時にほんとうに丁寧にしなければいけないことが示されています。
舞や弾き語りや演劇はもともと神様に奉納したり鎮魂のために行われていたのだと思います。私は里神楽で大黒舞をさせて頂いたことがあります。伝統芸能のなかには脈々と受け継がれた生きた霊脈があり心を込めて行えば確実に何かに繋がります。元締めさんは呑んべえでしたが拝み屋以上に霊感の強い方でした。伝統に限らず芸能は私たち生きた人間の魂の鎮魂もしてくれます。
神様も祖霊も精霊も魑魅魍魎もそれが想念形態でも生命体でも、意念をもって動くに至ってしまったなら、名前や縁起や祭文の呼びかけが自分の事だと感じられるようなものでなければ通じないのです。なかなか大変な作業です。でも人と人がわかり合う方が大変かも知れません。生きているうちは確実に自我と魂がありますからね…くわばらくわばら、つるかめつるかめ。
