第一話 迷惑をかけないろうそく 『君にもらった色を、誰かへ』――ろうそくをやめた、ひとつの灯りの物語
第一話 迷惑をかけないろうそく
ろうそくの町では、長く燃えるものほど、立派だと言われていました。
大きな炎をまっすぐに立て、風が吹いても揺らがず、まわりを明るく照らし続ける。
蝋が流れても弱音を吐かず、最後のひとかけらになるまで燃え続けたろうそくは、町の広場に肖像画を飾ってもらえました。
「わたしたちは、誰かを照らすために生まれてきたのです」
ろうそく学校のミセラ先生は、毎朝そう言いました。
教室には、同じ高さの台が規則正しく並んでいました。
生徒たちは自分の台の上に立ち、先生の合図に合わせて火を大きくしたり、小さくしたりします。
「それでは、昨日のおさらいです」
ミセラ先生が、黒い板に白い文字を書きました。
――立派なろうそくとは、どのようなろうそくでしょう。
「分かる人は、火を高く上げてください」
教室のあちこちで、炎が勢いよく伸びました。
一番早く火を上げたのは、ルカでした。
ルカの炎は明るく、形もきれいで、少しくらい風が吹いてもほとんど揺れません。
「はい、ルカ」
「最後まで燃えて、たくさんの人を明るくするろうそくです」
「そのとおりです」
ミセラ先生は満足そうにうなずきました。
教室に拍手の代わりの、小さな火花が舞いました。
ルゥも、答えは分かっていました。
昨日も、一昨日も、その前の日も習った言葉です。
けれど、火を上げることができませんでした。
もし、言い方を間違えたら。
もし、みんなと少し違うことを言ってしまったら。
もし、ミセラ先生が困った顔をしたら。
そう考えると、体の芯が固くなり、火はますます小さくなりました。
「ルゥは分からなかったの?」
授業が終わったあと、ルカが不思議そうに尋ねました。
責めているわけではありません。
ルカはただ、本当に分からないという顔をしていました。
「……ううん」
「じゃあ、どうして火を上げなかったの?」
ルゥは答えようとしました。
けれど、どの言葉を選べばいいのか分からなくなりました。
間違えるのが怖かった。
見られるのが怖かった。
正しい答えを言っても、声が震えていたら笑われるかもしれない。
いくつもの言葉が胸の中に浮かびましたが、どれも出口を見つけられませんでした。
「ごめんね」
ようやく出てきたのは、答えではなく謝る言葉でした。
ルカは少し首をかしげましたが、すぐに友達のところへ走っていきました。
ルゥは誰もいなくなった教室で、自分の小さな火を見つめました。
何も悪いことをしていないのに、なぜか胸の奥が重くなっていました。
*
小さな頃から、ルゥはよく町のあちこちで眠っていました。
階段の下。
道具棚の横。
誰も使わなくなった古い箱の陰。
いつ、そこまで歩いてきたのか、自分でも覚えていないことがありました。
気がつくと、冷たい床の上で横になっていて、火は消えそうなくらい小さくなっていました。
目を覚ましたルゥが最初にすることは、あたりを見回すことでした。
誰かが転んでいないか。
通り道を塞いでいないか。
自分が眠っていたせいで、困った人はいなかったか。
誰もいないと分かると、ルゥはほっとしました。
「よかった。迷惑をかけていなかった」
なぜそんなところで眠っていたのか、尋ねる人はいませんでした。
大人のろうそくたちは、通りすがりに言うだけでした。
「また、そんなところで寝ているのか」
「もっとしっかりしなさい」
「立派なろうそくは、決められた場所で休むものだよ」
ルゥはそのたびに、火を小さく揺らしてうなずきました。
「ごめんなさい。次から気をつけます」
本当は、自分でもどうすればいいのか分かりませんでした。
けれど、分からないと言えば、誰かを困らせてしまうような気がしました。
だから、謝りました。
誰かが不機嫌そうにしていれば、謝りました。
誰かが忙しそうにしていても、謝りました。
道を譲ってもらっても、助けてもらっても、何かを教えてもらっても、ルゥはまず「ごめんなさい」と言いました。
「ありがとう」よりも先に、「ごめんなさい」が出てきました。
自分がここにいることで、誰かの時間や場所を使っている。
そんな気がしていたのです。
*
卒業を前にしたある日、学校で「将来の夢」を書くことになりました。
ルカは、大きな劇場を照らすろうそくになりたいと書きました。
港で働きたい子。
病院を暖めたい子。
町で一番大きな灯台の中で燃えたい子。
みんなは、どこで、どんなふうに燃えたいのかを楽しそうに話していました。
ルゥは、白い紙を前にして、長いあいだ動けませんでした。
なりたいものが、思いつかなかったのです。
正しくは、考えてはいけないような気がしました。
自分が何をしたいのかよりも、何をすれば誰かを困らせないか。
そればかり考えてきたからです。
やがてルゥは、小さな文字で書きました。
――誰にも迷惑をかけない、立派なろうそくになりたい。
ミセラ先生は、その文章を読んで、静かにうなずきました。
「ルゥらしい、真面目な夢ですね」
褒められたはずなのに、ルゥの胸の奥には、空っぽの場所が残りました。
でも、その空っぽが何なのか、ルゥにはまだ分かりませんでした。
ただ、立派なろうそくになれば、いつか満たされるのだと思いました。
誰かに必要とされるくらい明るく燃えれば。
誰にも困った顔をさせずに生きられれば。
ここにいてもいいと、思える日が来るのかもしれない。
ルゥは自分の小さな炎を見つめました。
そして、心の中で何度も言い聞かせました。
もっと明るく。
もっと長く。
誰にも迷惑をかけないように。
立派なろうそくにならなくちゃ。
