「母という字を書いてごらんなさい」 サトウハチローさんの詩を通して
その年の夏休みの工作は
※この記事には、児童虐待に関する記述があります。虐待の様子やそれに伴う感情的な内容が含まれますので、過去の辛い経験を思い出したり、不快に感じる方はご注意ください。
母親が空き箱に色画用紙を貼り付け、正面に縦の罫線を書きました。「これを書きなさい。」と言われるままに、私はまだ詩と認識していない文章を国語のノートに正座で書き写していました。
「母」という漢字を初めて目にしたので、その文字を「はは」と読むことも、書き順も知りません。「はは」とは「おかあさん」と同一人物を指すことも、ひいては目の前にいる人を意味することも理解できずに書いていました。真っ直ぐ線を引くことさえ難しく、形のバランスを取るのも、一画目と二画目を繋げることも上手くできません。「書きにくいな。」と思いました。
その日も母親の求める綺麗な文字を書けるまで、何度もやり直しさせられ、頭や頬を叩かれていました。日常的に繰り返し叩かれていると身体は反射的に、手を振り上げられた瞬間に防御の姿勢を取るようになります。頭を両手で抱えたり、殴られる前に顔を逸らしたり、身体ごと距離を取り少しでも痛みを避けようとしていました。
母親はその行動が気に入らないようで、更に感情的に力を込めて叩いてきました。私は泣きながら、何度も書き直しました。最後には「母」という漢字だけを、ひたすら書かされていました。
一文字書く度に「違う!」「何でちゃんと書けないの!」「そうじゃない!」「何回言えばちゃんとできるの!」という怒声と共に、頭部や頬に痛みが走りました。
思い起こしてみると、嫌な感情だけが強く残り「母」という漢字を見るだけで、不快感がよみがえります。
あの時、私は何年生だったのでしょうか?
「母」という漢字は小学校2年生で習うのですね。私が小学生だった頃も、そうだったのでしょうか?
いずれにしても、感情的に我が子に何度も手を上げるのは身体的虐待に当てはまり、本人の人格や自尊心を傷つける言葉を浴びせ続けるのは心理的虐待です。
あの文章は何だったのでしょうか?
今回、検索してみてサトウハチローさんの有名な詩だと知りました。ハチローさんは、佐藤愛子さんと異母兄弟だったのですね。
改めて「母という字を書いてごらんなさい」を読んでみました
母という字を書いてごらんなさい
サトウハチロー
母という字を書いてごらんなさい
やさしいように見えて むづかしい字です
格好のとれない字です
やせすぎたり 太りすぎたり ゆがんだり
泣きくづれたり……笑ってしまったり
お母さんにはないしょですが ほんとうです
※旧仮名遣いのまま転載しました
やさしく分かりやすい言葉で書かれています。お母さんという存在の姿を的確に例えていて深みがあり、とても良い詩ですね。
子供や、子供だったことのある大人が「そうそう。うちのお母さんにも、こんな所があるな。」と、共感してしまうような面白みもあります。
自分の母親のようになりたくなくて子供を持たなかった私には、同じ立場の共感はできませんが、今まさに子育て中で日々奮闘されているお母さん方が読んでも、心に響く良い作品のように感じます。
私は母親にとって第一子の長女でした。初めての子育てで、彼女の中にある理想の母親像、親子像、あるいは子供像とかけ離れた現実に歪み、泣き崩れていたのは本人だったのでしょう。
それを目の前の我が子に投影し、初めて書く「母」という漢字の不格好さを指摘し、自らの不甲斐なさを暴力と暴言でぶつけていたのでしょうか。当時の母親の年齢は、現在の私よりも遥かに年下です。彼女自身の精神的な未熟さが垣間見えました。
※言葉の解説
心理学における投影とは…
自分が自分に対して持っている感情や考えを、相手が持っているように感じる現象のことです。自らの内面にある、大抵の場合受け入れがたい感情や抑圧している衝動を、他者や他者の行動の中に映し出して見ることで、自分を守ろうとする心の防衛機能の一つです。
