何も考えずに結婚した私は、浅はかだったと思う
約40年前まで、私は社会的知識に乏しい超絶田舎で暮らしていた。
市内には公立高校が一校しかなく、中学校を卒業した子のほとんどがそこへ進学する。
だから誰が受かって誰が落ちたかまで、みんな知っている。今思えば、なかなか残酷な環境だった。
高校卒業後、私は京都の私立短期大学に進学した。
あんな地域なので、それも同級生にはバレバレだ。
親に四年大に行くなら国公立だけ、受からなければ私立なら短大しか行かせられない、浪人はさせられないと言われ、見事に国公立大を落ちたからだ。
ちょうど父が京都市内に単身赴任していたので、その宿舎に転がり込み、そこから短大へ通っていた。
ちなみに今では短大はなくなり、四年制大学だけが残っている。
そこから新卒で出版社に就職した。
当時は、女性は短大か専門学校へ進み、就職して数年働いたら結婚退職するのが、ごく普通の時代だった。
私もその流れに乗った一人だ。
と言っても、私は寿退社ではない。
結婚した直後に勤めていた会社が倒産したので、辞めざるを得なかっただけである。
同級生を見渡すと、結婚した人もいれば生涯独身の人もいる。
その頃は珍しかった私立四年制大学に進学した女子は、未婚率が高かった印象まである。
ちょうど就職氷河期に重なり、正社員になれず非正規のまま働き続け、生活が苦しくなって実家へ戻った人もいた。
当時の女性で結婚して子どもを産んでも仕事を続けられたのは、公務員になり、さらに親が保育園の送迎や家事まで全面的に支えてくれるような、本当に恵まれた環境の人くらいだった。
夫との馴れ初めは長くなるので省略する。
結婚当時の夫は、一店舗で働くごく普通の職人だった。
二歳年下で、専門学校卒業。お金もない。背も特別高いわけではない。
今冷静に考えると、「どこがそんなに良かったんだろう」と自分でも思う。
ただ、とにかく毎日のように「好きだ」と言われ続けて、こちらもその気になってしまった。
恋愛というものは恐ろしい。
道端の石に蹴躓いて転んだみたいなものだった。
父には「本当にこの人でいいのか」と聞かれた。
それでも私は「いい」と答えてしまった。
夫もまた、自分の家族にろくに相談もせず結婚を決めてしまったので、今から思うと義父や義母には申し訳ない事をした気持ちがある。
そして、この結婚を境に、親戚の中でも、友人の中でも、きょうだいの中でも、一番貧乏な家庭が始まった。
結婚した時、二人合わせれば年収は約500万円。
決して裕福ではないけれど、普通に暮らしていけると思っていた。
ところが私の会社が倒産し、収入は夫一人分の約250万円になってしまった。
更に結婚前には、私の体内で突然卵巣が破裂して緊急手術をするという事態が起きていた。
「子どもは一人授かれたら奇跡かもしれません」
そう言われ、不妊治療も始めていた。
そんな中で新婚生活が始まって10日ほど経った頃。
夫が神妙な顔で言った。
「悲しいお知らせがあります。俺、クビになりました……」
結婚式で休みを取ったことを理由に、もともと折り合いの悪かった専務から解雇されたのである。
今でも理不尽だったと思う。
今はその店はもう存在しない。
京都市内の土地を売却して店を畳み、そのお金で悠々自適で暮らしているらしい。
そんな余裕があったなら、職人のお給料をもう少し上げてくれても良かったのでは、と今でも思う。
ブラック企業の極みだ。
夫は幸い再就職できた。
でも、やはり一店舗の職人。
収入は大きくは変わらなかった。
私も再就職した。
そして念願だった妊娠。
ところが、妊娠は私の体には想像以上に過酷だった。
ほどなくして切迫流産となり、母子ともに危険な状態になった。
仕事を続ける選択肢はなく、退職するしかなくなった。
こうして世帯年収は約250万円となった。当時の家賃は75,000円。
しかも夫婦二人ではなく、そこから更に妊娠中毒症で入院した後、緊急帝王切開をするしかなくなった赤ちゃんを迎える三人家族の生活が始まったのだ。
詰みすぎる…
今振り返ると、あの時「好き」という気持ちだけで結婚した私は、本当に愚か者だったと思う。
でもその時は女性は25歳を過ぎると『クリスマスケーキ』と呼ばれて、行き遅れのダメ女扱いされていたのだ。
正直焦ったのもある。
年収も、仕事も、将来設計も、子育てにどれだけお金がかかるかも、何ひとつ分かっていなかった。
「若かったから」で済ませることもできるけれど、それ以上に、現実を何も知らなかった。
だから私は今でも、何も考えずに結婚した自分は、とても浅はかだったと思っている。
ただ、それは夫と結婚したことを後悔しているという意味ではない。
いや、正直後悔しまくったけれど後の祭りだった。
夫だって同じだったと思う。
結婚の挨拶に実家に来た時は、私にも働いて欲しいとはっきり親に言っていた。
でもいろんな事情でそれは上手く行かなくなったので、彼からしても計算外だっただろう。
あの頃の私は、「好きだから一緒にいたい」としか思っていなかった。
その考え方が浅はかだった、というだけの話だ。
