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だから"オマエ"は探されないんだ——55本書いて、検索の地図に載っていない話

だから"オマエ"は探されないんだ

——55本書いて、検索の地図に載っていない話

月曜の朝、いつものようにnoteのダッシュボードを開いた。

週間ビューを見る。

どの記事に波が来たかを見る。

先週より増えた、減ったと数える。

これを7週間続けて、私はずいぶん数字に慣れた。

投稿した週に読まれなくても、翌週に伸びる記事がある。

突然来た波は、だいたい突然引く。

週の数字だけで記事を見限らない。

そんな作法まで身につけた。

月次まとめも書いた。

5週間分を束ねた力作は、2ビューだった。

週を見て、月も見た。

かなり丁寧に振り返っているつもりだった。

ところが、note公式の記事を読んで、帳簿にページが一枚足りないことに気づいた。

「年」のページである。

今回白状するのは、55本書いた記事が倉庫には積まれているのに、検索の地図には載っていなかった話だ。

目次

  1. 1年後も読まれる記事が4割ある

  2. 私は「週の波」しか見ていなかった

  3. 告白を検索する人はいない

  4. 55本を、3つの特徴で自己採点する

  5. 40代は、経験があるのに探されない

  6. エッセイだから、という逃げ道もなかった

  7. だから"オマエ"は探されないんだ

1年後も読まれる記事が4割ある

2026年3月、note株式会社は、2024年に投稿された約1,700万件の記事を追跡した調査結果を公表した。

約1700万件のnote記事を追跡 ── 1年後も読まれ続ける記事の特徴を初公開 ──

対象期間内に一度でも読まれた記事のうち、約40%は1年後も読まれていたという。

さらに、公開から1年以上経った記事への流入の64%は検索エンジン経由だった。

note内の回遊は16%。

SNS経由は3%。

私はこの数字を見て、最初に少し安心した。

毎日書いた記事は、タイムラインを流れて終わる投稿ではない。1年後にも誰かに読まれる可能性がある。つまり、記事は資産になる。

55本も書いたのだから、私はすでに55個の資産を持っている。

悪くない。

金融資産の残高を見るように、記事資産の残高を頭の中で数えた。

ただし、資産には、見つけてくれる人が必要だった。

私の55本は、たしかに倉庫にある。

問題は、その倉庫へ続く道が見当たらないことだった。

私は「週の波」しか見ていなかった

この7週間、私は毎週ダッシュボードを開いてきた。

ビュー数は「届いた量」。

スキ数は「刺さった深さ」。

投稿週に読まれなくても、翌週に伸びることがある。それを私は「越週効果」と呼んだ。

過去記事に突然92ビューの波が来て、翌週には引いていく様子も見た。

週次レビューを7本書き、5週間分の月次まとめまで作った。

波を見る目だけは、少し肥えたと思う。

でも、公式の調査が見ていたのは1週間先ではない。

1年先だった。

私は毎週、海面の高さを測っていた。

公式が見ていたのは、波が引いた1年後にも、記事へ続く道が残っているかどうかだった。

投稿直後に10ビューだった。

翌週に100ビューへ伸びた。

その波が引いた。

そこまでは熱心に記録した。

では半年後、1年後に、誰が何と検索してこの記事へ来るのか。

その欄は、帳簿に作ってすらいなかった。

律儀に集計していたからこそ、集計していない時間軸に気づかなかった。

告白を検索する人はいない

試しに、検索窓へ入れてみた。

「だからオマエは拗ねるんだ」

検索ボタンを押す前に分かった。

こんな言葉で検索する人は、たぶん世界に私しかいない。

妻との会話が減った40代の男性は、いると思う。

誘って断られて、拗ねてしまった夫も、たぶんいる。

でも、その人が検索窓に入れるのは「だからオマエは拗ねるんだ」ではない。

「妻 すれ違い 40代」

「夫婦 会話がない」

「妻に断られた つらい」

そんな言葉だろう。

私は、答えを持っていなかったわけではない。

15年かけて夫婦がすれ違った話も書いた。

住宅ローン2,970万円を「家賃並み」で済ませた話も書いた。

純資産や使途不明金も晒した。

ただ、それを必要としている人が使う言葉を、入口に置いていなかった。

私の記事は、ずっと告白だった。

告白は、読めば「自分もそうだ」と思ってもらえる。

けれど、読む前の人は、その告白の存在を知らない。

知らない告白を、検索することはできない。

そういえば私自身、「note 読まれない」と検索して、誰かが1年前に書いた記事へ流れ着いたことがある。

私は他人の記事にとって、検索から来る64%の側だった。

助けてもらうときは問いを検索し、自分が書くときは告白だけ置いていた。

道を使うのは好きなのに、自分の倉庫には道を引いていない。

実に、私らしい。

ただ、正確に言えば、道が一本もないわけではなかった。

noteの中には、ハッシュタグという細い道がある。

note公式の説明でも、ハッシュタグは記事にテーマやジャンルの目印をつけ、同じ関心を持つ人に見つけてもらいやすくする機能とされている。

私も毎回、記事の最後にタグを並べてきた。

「#エッセイ」

「#note」

「#40代」

「#だからオマエはダメなんだ」

だから、Google検索の上位に出なくても、noteの中でハッシュタグを検索した人に見つけてもらえる可能性はある。

「#夫婦関係」や「#note収益化」なら、困りごとを抱えた人との接点にもなり得る。

一方で、「#だからオマエはダメなんだ」を探すのは、すでにこのシリーズを知っている人だ。

「#note」や「#エッセイ」は、地図の範囲が広すぎる。記事は多いが、その中から私の記事へ来る理由は薄い。

私はタグをつけていた。

でも、誰がそのタグを検索するのかまでは考えていなかった。

地図がなかったのではない。

行き先を考えず、看板だけ立てていた。

55本を、3つの特徴で自己採点する

note公式は、長く読まれる記事に見られる特徴を3つ挙げている。

  • 書き手自身の経験や専門性に根ざした一次情報

  • 繰り返し発生する、普遍的な問いへの回答

  • ひとつのテーマの深掘り

この3つを物差しに、55本を自己採点してみた。

まず、一次情報。

これは、○にしたい。

住宅ローンの総額も、投資残高も、家庭で拗ねた夜も、有料記事が売れなかったことも書いた。

他人の成功談をまとめるより、自分の失敗を切り売りしてきた。一次情報という言葉の響きに対して、情報の中身が少し情けないだけである。

次に、ひとつのテーマの深掘り。

これも、○にした。

1記事1テーマは守ってきた。

一度の失敗を数千字かけて掘り、最後には毎回、自分へ「だからオマエはダメなんだ」と言っている。

穴の深さだけなら、そこそこある。

最後に、普遍的な問いへの回答。

ここは、×だった。

私は「40代の夫婦のすれ違いをどう考えるか」ではなく、「私は拗ねた」と書いた。

「管理職になって苦しいとき、何を見直すか」ではなく、「私は勘違いしていた」と書いた。

「有料noteが売れないとき、どこを点検するか」ではなく、「私は売れなかった」と書いた。

問いに答えていない。

自白している。

しかも、公開する時期もほとんど考えていない。

夏のボーナス前にお金の記事を置く。

夏休みに親子の記事を出す。

新年度に管理職の記事を届ける。

そういう発想はなかった。

書き上がった日が、公開に最適な日だった。

そして、公式調査の3項目ではないが、ハッシュタグの導線も採点した。

これは、△だった。

タグそのものは毎回つけている。

ただし、「#note」や「#エッセイ」のような大きすぎるタグと、シリーズを知る人しか探さない固有タグのあいだに、読者の具体的な悩みを示すタグを置く意識が弱かった。

55本の自己採点は、一次情報○、深掘り○、普遍的な問い×、公開時期×、ハッシュタグ△。

素材と穴はある。

入口はあるが、案内板の向きが雑だった。

立派な地下倉庫である。

次の記事を書く前に、自分へ聞くことも4つに絞った。

  • これは、自分にしか書けない一次情報か

  • 1年前の自分なら、何と検索するか

  • ひとつのテーマを、最後まで掘っているか

  • タイトル・見出し・ハッシュタグに、読者が使う言葉があるか

55本書いてから作った、4項目のチェックリストである。

順番がおかしい。

でも、56本目には間に合う。

40代は、経験があるのに探されない

これは、noteを書いている人だけの話でもないと思う。

30代、40代になると、経験はそれなりに積み上がる。

仕事で失敗した回数も、部下に言えなかった言葉も、住宅ローンで迷った夜も、夫婦で話さなくなった時間もある。

会社の中なら、「あの件はあの人に聞けばいい」と知ってもらえているかもしれない。

でも、会社の外には組織図がない。

副業を始めた瞬間、20年の経験があっても、知られていなければ存在しないのと同じになる。

私は、経験を書けば価値になると思っていた。

半分は合っている。

残り半分には、その経験を必要としている人が使う言葉が要る。

40代は、在庫がないのではない。

倉庫の場所を、自分でも説明できていない。

55本の記事を前にして、ようやくそれが分かった。

エッセイだから、という逃げ道もなかった

ここで私は、ひとつ言い訳を思いついた。

このシリーズはエッセイなのだから、検索されるハウツー記事とは違う。

役に立つ答えではなく、共感を置いている。

検索に弱くても仕方がない。

しかし公式調査では、「コラム・エッセイ」カテゴリでも58%の記事が1年後に読まれていた。

半分を超えている。

言い訳は、数字に先回りされていた。

エッセイであることと、入口がないことは同じではないらしい。

タイトルのシリーズ感を捨てる必要もない。

告白を、急に「夫婦円満のための7つの方法」へ作り替える必要もない。

そんなことをしたら、7つのうち6つは実践していないので、別の意味で一次情報ではなくなる。

ただ、読者が実際に使う言葉を、サブタイトルや冒頭や見出し、ハッシュタグに置くことはできる。

「拗ねる」という告白の隣に、「40代夫婦のすれ違い」という案内板を立てることはできる。

告白を回答に変えなくても、告白がどの問いのそばにあるのかは示せる。

たぶん、その程度からでいい。

だから"オマエ"は探されないんだ

55本書いた。

週次レビューを7本書いた。

月次まとめも書いた。

ビューの波を見て、スキの深さを測って、翌週に伸びる記事を見送る作法も覚えた。

それでも、1年後に誰が何と検索して来るのかは、一度も考えなかった。

だから"オマエ"は探されないんだ。

記事が少ないからではない。

体験がないからでもない。

深く書いていないからでもない。

検索する人が使う言葉を、自分の告白より下に置いていたからだ。

読者は、私のことを探していない。

自分の困りごとの答えを探している。

その途中に私の記事があれば読んでくれるかもしれない。でも私は、困りごとから記事へ続く道も、note内のハッシュタグの向きも確かめず、倉庫の前で毎週、入場者数だけを数えていた。

次からは、記事を書く前にひとつだけ考える。

この失敗をした1年前の自分は、何と検索しただろう。

きれいな答えは、まだ書けない。

55本分のタイトルを今すぐ直す勇気もない。

検索を意識しすぎて、告白が説明書になるのも怖い。

だから、まずは次の1本に、小さな案内板を立ててみる。

週の波は、少し見送れるようになった。

次は、年単位で記事へ続く道を見る番だ。

でも、たぶん来週の月曜も、私は最初に週間ビューを開く。

地図を描く前に、波が来ていないか確認する。

だから"オマエ"は探されないんだ。

でも、探されない理由が分かった記事だけは、もしかすると誰かに探されるかもしれない。

このシリーズは「だから"オマエ"はダメなんだ」というテーマで書いています。自分への問いかけのつもりで書いているので、読んでいるあなたへのダメ出しではありません。念のため。

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