とらでぃっしゅ株式会社設立への想い
今後も自分自身が誰よりも積極的に伝統芸能を守っていくための活動を行っていくと同時に、伝統芸能のために何ができるのかを考え続けたい。
とらでぃっしゅ株式会社の原点は当時16歳(高1)だったときの私にある。
私が15歳の時、新型コロナウイルスの影響で全国のお祭りが一斉に休止した。
当たり前にあった大切なものの数々が失われ、見える世界全てがモノクロになった。
何のために生きているのか、分からなくなった。
お祭りがたった数年なくなるだけで、私の心の中は空っぽになった。
お祭りが私にとって本当に大切で価値があって、生きる原動力になっていて…
やっとその事実に気が付くことができた。
「民俗芸能を守り抜く」という自分の夢
誰もが民俗芸能がもっている社会的意義を理解し、現代社会においても無くてはならないものだと信じている。
そして、日本人らしい、自文化だと認識できる。
それなのに続けられないのは、辞めなくてはならないのは、悲しくてたまらないのは…
どうしてだろうか。
そこで生きる人々の足跡と想いがぎゅっと詰まって、ありのままで、人間らしくって…
美しかったり醜かったり…
とにかく生きている感じがする。
そして、生かされている気がする。
私はその全てを等身大の営みとして後世に伝えたい。
美しい部分や事実だけを切り取って「歴史」として残すことは難くない。
しかしながら民俗芸能の本質的な魅力はきっとそこには残らない。
動的で生々しいからこそ、私はそれが”美しい”と思えている。
好きだから。
私がここまでお祭りを好きになった過程には、数えきれないほどたくさんの人との関わりがある。
誰よりも高いプライドをもって地域を背負う父。
私が初めて惚れた2人の幼馴染。
優しく陰から見守ってくれる母や祖母。
よぉ来たねと声をかけてくれるおじさん。
大きくなったねぇと五平餅くれるおばちゃん。
お祭りを通して悔しかったり苦しかったり…
上手くいかないこともたくさんあったけれど、それ以上にたくさんの愛をいただいてきた。
だからこそ、私はお祭りが大好きだと自信をもって叫ぶことができている。
生きている証を残したい。
私がなぜ今、株式会社を設立したのか。
今じゃなくていい、
お前は未熟すぎる、
焦るな、
社会に出たことないやつに何ができる、
調子に乗るな、
ぐうの音も出ません。
社会に出たこともない、自力で生きることの大変さも知らない、
そんな20歳が会社なんて立ち上げるべきではない。
確かにそうだと思います。
でも私は何を言われても踏みとどまれなかった。
自分の気持ちに嘘はつけなかった、ただそれだけです。
日本には数えきれないほどの民俗芸能があり、そのひとつひとつに価値ある歴史、人々の想い、等身大の営み、そして生きている証が映し出されている。
つまり、民俗芸能が途絶えるというのは、単にその民俗芸能自体が無くなることだけを意味するのではないということ。
10年後、20年後…
このまま誰も動かなかったら、私たちが生きている証さえもなくなってしまう。
そしてモノクロの遠い過去のことになってしまう。
私はその状況に耐えられないのです。
勝手な使命感かもしれませんが、
私は私が”美しい”と思えるもののために時間を使いたい、
そう思っています。
最後に
株式会社設立及び、本事業の全てにおいて、本当にたくさんの方々に助けていただいております。
この場をお借りして、御礼申し上げます。
また、1年前の自分では全く想像のできないたくさんの世界を観させていただき、今はとてもワクワクしています。
株式会社設立前後で「とらでぃっしゅ」のやるべきことは変わりませんが、今日ここがスタートだという気持ちを忘れず、これからも自分の「想い」を大切に真っすぐ生きていきます。
今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。
2025年4月24日
とらでぃっしゅ株式会社
代表取締役 片桐萌絵
