境界を超えるモハメッドアリ -1-
先週のジョージ・フォアマンの訃報に接し、対戦相手だったモハメッドアリについて改めて調べていました。私はボクシングには詳しくありませんが、アリを想うとやはり身が引き締まります。私のようなファンは少なくないようですね。
ふだんスポーツに興味のない人たちにさえ、強いインパクトを与えたアリ。それは、彼がボクシングやスポーツという境界を超え、自分が信じるところならどこへでも、どこまでも行ってしまう人だったからにほかなりません。
こう言ったからといって、彼のボクシングへの貢献を過小評価することにはならないし、アスリートとしてのすごさを霞ませることにもならないと思います。
ある白人警官との出遭い
アリがボクシングに出会ったのは、12歳の時に自転車を盗まれたのがきっかけだとか。
「犯人を殴り倒してやる」と息巻く彼に
「その前にボクシングを練習しなくちゃな」と言った人がいます。
これが最初のコーチのひとり、ジョー・マーティンとの出遭いでした。
マーティンは白人警官でしたが、地で公民権運動を率いていました。当時ケンタッキー州ルイズビルでは黒人お断りのジムがほとんど。しかしマーティンは、自分のジムに黒人を招いていたのです。
アリはその後、他のコーチやセコンドのサポートによって、ボクサーとしての自分を確立していきます。しかし、もしマーティンとの出遭いがなかったら、ボクシングの歴史もアメリカの歴史も違う風景となっていたかもしれません。なぜなら…
アリの言葉と行動の力
1967年、彼は徴兵を拒否。
「なぜ彼らはこんなことを言ってくるのか?
俺に軍服を着て、家から10,000マイルも離れたところに行って、ベトナムの褐色人種*の上に爆弾や弾丸を降らせろなんて。
ここルイズビルでは『ニグロ*』と呼ばれる人たちが犬のように扱われ、基本的な人権さえ拒否されているのに。
(中略)
もし、戦争によって2千2百万人の俺の仲間が自由と平等を得ると思ったら、強制なんていらない、明日にでも行くよ。自分の信念を守ることで失うものなんて何もない。刑務所行きだって?それが何さ。俺らはもう400年も刑務所に入ってるようなもんだぜ。」
*「褐色人種」とは18世紀から19世紀に使われた膚の色による人種分類のひとつ
* 彼はここであえて差別用語を使った
(Why should they ask me to put on a uniform and go 10,000 miles from home and drop bombs and bullets on Brown people in Vietnam while so-called Negro people in Louisville are treated like dogs and denied simple human rights?
(…)
If I thought the war was going to bring freedom and equality to 22 million of my people they wouldn’t have to draft me, I’d join tomorrow. I have nothing to lose by standing up for my beliefs. So I’ll go to jail, so what? We’ve been in jail for 400 years.)
何と説得力のある言葉でしょうか。
とはいえ、当初はバッシングの嵐でした。彼を擁護した評論家まで脅迫を受ける始末。親しい人の間でも意見が分かれたそうです。
アリは兵役忌避で有罪。チャンピオンのタイトルを剥奪され、ボクサーとしての登録まで取り消されてしまいます。パスポートも取り上げられたため、国外に行くこともできませんでした。
しかし、犠牲が大きかった分、彼の言葉と行動はインパクトを持ち、人々がベトナム戦争の正当性に疑問を持つきっかけとなりました。
その言動は反戦だけではなく、公民権運動とも響き合います。
アリは、アフリカ系アメリカ人のプライドを象徴する存在になったのです。
