見出し画像

なぜみんな似たような言葉遣いになるのか

ネットの記事や動画をながめていて気付くことのひとつに、「みんなが似たような言葉遣いでこちらにやってくる」というのがあります。なぜか、みんな徹底比較や徹底解説をしたがりますし、10選や50選などのまとめをしたがりますし、メリットとデメリットを解説したがります。改めて考えると不思議だなと思いませんか。

べつに、バックエンドでクリエイターたちが連絡調整をして、「こんなかんじで作っていきましょう」と打ち合わせをしているわけではないはずなのですが、事実として、似たような言葉遣いのコンテンツが大量に表に出てくる、という景色があります。今回は、この疑問を開始点にして話をしてみます。

それが合理的だから

僕の答えを先に出してしまうと、「それが合理的だから」になります。聴衆の反応を得るにはそのようにするとよい、という定石がすでにどっかにまとまっていて、それにならい多くの人がコンテンツを作っていくため、結果的に似通ったガワの情報がこちらに、大量にやってくるのだと思います。

正解があること、決まった型があることは、それを誰か別の人に発注したり依頼するときにも便利になります。10選や50選であれば選んで並べるだけでよいですし、メリットデメリットを解説する記事でも、メリットデメリットを洗いだしてそれを並べることをすればコンテンツになります。「こたつ記事」と称される記事が例外なくなにかの型にはまっていて、書いた人の個性をほとんど感じることができないのも、ここに原因があるはずです。

「今オススメのクレジットカード○○選!」のような記事を書きたければ、今クレジットカードをオススメしている人が何をオススメしているかを調べて、それをこちらでオススメすればいいわけです。クレジットカードの名前や特徴は権利で保護されている情報ではないですし、それをまねることは問題ではありません。

要するに、ネット上でそこそこの反応をとれる型がもうわかっていて、かつ、それは割と誰にでも再現可能であった、ということです。そのふたつの要件の重なりの部分の記事や動画を、私たちはいつも見せられている、ということになります。

自分の思ったことを言わない人

ところで、似たような言葉遣いでこちらにやってくる人の共通点に、「その人自身のオリジナルな意見」がまったくないこともあります。あるのはなにかのまとめだったり、「最先端のほにゃらら」のような、何かを祀り上げて紹介するテイストだったり、提灯持ちに徹して自分を必死に隠す記事だったりします。

「それが合理的だから」ということはすでに述べましたが、合理的と客観的はほとんど同じ意味です。個人の主観を排して何かを言うことが合理的な発言になるのですが、極端に合理的であるコンテンツは没個性的でつまらなくなります。

ここから先は

1,492字 / 2画像
この記事のみ ¥ 300

語学学習に役立てることが可能なメンバーシッププランです。お気軽にご利用ください。

読み放題プラン

¥500 / 月

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?