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【英語】ひとつの音源を繰り返し聞く学習のすすめ

動画やポッドキャストの類で英語学習をしている人はたくさんいると思います。僕自身の学習歴を振り返ってみても、音源を聞くという手段のウエイトは大きかったな、と感じています。

この、音源を聞いて意味を理解する、という王道の手段に効果があるのは僕も同意できるのですが、やり方次第でその後の成果が大きく変わるとも同時に感じています。今回はこのあたりの話をします。

認知リソース

認知リソースとは、人間が仕事などの知的活動を行う際に使う資源、エネルギーのようなものです。人間の認知リソースは常に一定であり、この話は過去にもしました。

限りある資源、都合よく増やしたりできない貴重な資源であるため、そのリソースをいかに効果的に割り振るのかが重要な論点になるのですが、ここをケアできていない人が多い印象です。

たとえば、自分の能力を過小評価してしまう人でも、なぜか、未来の自分の能力を異様に過大評価することがあります。明日から毎日勉強を頑張る!!と意気込んでいる人は、未来の自分の認知リソースに対して過大な評価をしているわけですが、それは期待しすぎです。人間の認知リソースは不気味に変化したりしないのですが、明日の自分は今日の自分よりも能力がある、という、ある種の希望的観測が抱かれることは多いです。

ひとつだけ聞く

ここからがやっと本題、つまり、たくさん聞くのではなく、ひとつの音源を繰り返し聞く方がいい、という話になります。

一定の認知リソースをいいかんじに割り振るのは、英語学習のなかの重要な仕事のひとつです。人間の認知リソースは「エイエイオー」と意気込めば即座にパワーアップするわけではないことにはすでに触れています。

「音源をひとつだけ聞く」というアプローチの意図は、「認知リソースを散り散りにせずに整える」というものです。これはショート動画とロング動画の対比に似ていて、たくさん追いかけた結果なにも頭に残らないことが多いショート動画ではなく、数十分とか数時間くらいのロング動画をひとつだけじっくり視聴したほうが、洞察や知見を得やすいよね、という話と似ています。

spread yourself too thin(手広くやりすぎてどれもこれもおろそかになる)という言葉からもわかるように、限られた認知リソースであれもこれも同時にやろうとすると、結果的にすべてが中途半端になります。英語学習者の中には「バランス派」の人が多く、なにごとも漏れなく、まんべんなくやるオールラウンダーになることをよいこととみなす人もいますが、英語学習でまんべんなくやることに重きを置く意味は、正直あまりありません。

仮説を得る

語学学習の過程で得るものは、仮説(疑問)です。

ショート動画の荒波のように、ごく短時間で大量に追いかけても何も得られませんが、長い動画をひとつだけ見れば、疑問や着想が得られます。ひとつのことを注意深く観察して得られる洞察は貴重であり、価値のきっかけになります。

たとえば、これは僕がよく使う話なのですが、あなた自身の通学路や通勤ルートには、何がありますか。最寄り駅までの徒歩ルートに何の店があるかを思い出すことはできるでしょうが、あの辺に何があったっけ?というように、クリアに思い出せない情報もあるはずです。

何が言いたいかと言うと、何度も通っている(何度も目にしている)はずなのに、頭に焼き付いていない情報というのはたしかにある、ということです。これは、十分な認知リソースを振り向けないと何も洞察を得られない、という話と同じで、本人が意識して観察しないと、量をこなしてもほとんど意味がない、という話と同じです。

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