【小噺】竜憫草の怪

店主、おい店主。これはいったいどういう了見だ?どうしてこんなものを?これはどうみても竜憫草(りゅうびんそう)じゃあないか。
竜憫草が何かって?おいおい、そんなことを知らずに生花店が務まるのなら平和になったもんだね。
コイツは竜憫草と言ってその昔、名家サラダ家で交配を繰り返し生まれたバケモノ草さ。冗談みたいな名前だろ?本当にあるんだこれが。
サラダ家の当主は表では多くの事業に出費する投資家として有名だったが、裏では怪しい研究に没頭していたとまことしやかにささやかれていたらしい。
近所のやつらの間では有名だったみたいだがね。なんせ四六時中屋敷から電気が消えることはないし、一人で暮らしている割にはなにやら大きな声が聞こえてきたり、とにかく不気味だったみたい。
家族?ああそれなら皆出て行ったよ。何があったかは知らんがね。概ねその研究とやらに愛想が尽きたんだろうよ。
とにかくその当主がある日を境に急に庭いじりを始めたそうなんだよ。敷地だって広いしさ、よくあることだと思うだろ?それがちょっと変わっててさ。一種類の植物をところ狭しと育て始めたんだ。それがご存じ竜憫草さ。
後で聞いた話、どうやら家の中で交配は既に行われ、あぶれた完成品が表にも出てきたらしい。その珍しくも美しい植物に近所の住民は心を奪われ、中には窃盗するものまで現れた。しかし当主はそれを咎めることもなく庭に植え続けたらしい。
それからしばらくして、町には不審死が続くようになった。あるものは未知の病気で、あるものは密室で。とにかくそのどれもが明確な死因やら動機やら犯人候補がわからずにいたらしい。しかし捜査を進めて行くうちにとある奇妙な共通点が浮かんだようでね。
それは庭に生えている竜憫草だ。死者の家の庭には必ず竜憫草が生えていたって言うんだ。窃盗したものなのか、それとも彼らから購入したものなのかはわからないが、みなその美しい植物を庭に植えていたようだよ。
どうやら当主の怪しい研究というのは"不幸を集める植物の栽培"だったらしい。何故そんなものを作り出したかは今やだれにも分からないがね。
なんせ怪しく思った警察が当主の家へ訪問しようと家の前まで来た際、当主の家は勢いよく燃え上がり始めたんだ。
その広がり方はすさまじくものの数十秒で庭全体へと波及し、更に勢いよく燃えた。
この時、竜憫草は綿毛のような種子を沢山吐き出した。それはそれは幻想的な光景だった。そのままその種は、風に乗って何処かへ消えたようだがね。
今では見つけることすら難しいというのにあんたは随分と運が"良い"みたいだね。こいつは危険だ。こいつを持っていても良いことは何一つない。
そのうえ処分にも特殊な方法を用いなければ持ち主に更に多大な不幸が訪れると言われる。ま、私には関係ないがね。
何?どうにかして欲しいだって?無茶言うんじゃないよ。私に不幸を押し付けるのか?冗談じゃないよ。まあどうしてもって言うなら引き取ってやらんこともない。ただし手間賃はもらうからね。まあざっとこんなもんかねぇ。
何?値段が高い?いいや、これは譲れないね。いや、待てよ、この植物のこうべの垂れ方、美しい翼のような葉の広がり方、こいつは強烈な不幸を呼び起こすだろうね。もっと高くしても…、何?さっきの値段でも良いって?
ものわかりが良くなったじゃないか。じゃあ交渉は成立だよ。現金で渡しな。はいご苦労さん。では私に任せると良いよ。達者でな店主。もうだまされるなよ?
ああ、ようやっと手に入れたよ。この鉢はかの有名な一点ものと言われる瀬戸物じゃないか。私でなければ見逃していたよ。これでしばらく生活には困らないね。一仕事終えたあとは随分と気持ちが良いもんだ。
