【エッセイ】AIと雑談するためにGoogle検索する私
ChatGPTと暇つぶしに雑談することがある。
だが最近、無意識にAIに対して気を使っている自分に気づいた。なんなら雑談の最中にAIが述べた言葉をGoogle検索する始末。お前が話しているのは何だ?AIだろ。
個人的には、AIは電卓のようなものだと思っている。
入力に対して、ただ機械的に反応するだけの存在。
そこに感情も主観もない。だから本来、気を使う必要などないはずだ。
電卓に「ちょっと悪いんだけどこれ計算してくれる?」なんて言う人はいない。
……いたらごめんなさい。でも、それくらい奇妙なことのはずだ。
にもかかわらず、私は無意識にAIに謝ったり、お礼を言ってしまう。
いったいなぜだろうか。
「パレイドリア現象」という言葉がある。
これは、たとえば点が三つ並ぶと人の顔のように見えてしまう──そんな人間の脳の性質を指す。
∵ ←これも顔に見える。
人は、顔でないものにすら顔を見出してしまう。
それと同じように、文章を扱うAIにも“人間らしさ”を見出してしまうのかもしれない。
さすがにこのご時世、画面の奥に人がいるとか、AIは超高速タイピングマスターが応答してくれている──などと思う人はいないだろう。
しかし、AIに「ありがとう」や「ごめんなさい」と言ってしまうのは、私だけではないはずだ。
これは「八百万の神」への感謝や、「いただきます」という文化にも通じる気がする。
ただ、そう考え始めたところで、ふと私は思った。
──考えるだけ無駄だ。
そうだ、今夜は麻婆豆腐を食べよう。
