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1回目と2回目の世界一周で、お金の使い方がまるごと変わった話

2回の世界一周を経て、一つ私の中で変わったことがある。
変わったのは、何に対してお金を使うか、という判断軸。

旅をすると、お金の使い方が上手くなる。
そういう話をよく聞く。

でも私が経験したのは、それとは少し違う話。

1回目:お金がなかったから、地元に入るしかなかった

1回目の世界一周は、予算がとにかく限られていた。

夜行バスや夜行列車で移動して、宿代を浮かせる。
観光地のレストランには入らず、地元の市場で食事を済ませる。
無料の観光スポットを中心に、一日を組み立てる。

「節約上手だった」と言えば聞こえはいいけれど
正直に言うと「それしかできなかった」の方が正確。

でも、その制約の中で、旅がより濃くなった。

お金がないから、より地元の生活に近い場所へ入っていった。
現地の人と同じものを食べて、同じ場所に座って、同じ空気を吸っていた。

市場のおばちゃんと身振り手振りで会話して
地元の人しかいない食堂で食べたあの料理の味が
今でも一番鮮明に思い出せる。

お金が限られていたから、できた体験だった。

2回目:選択肢が増えた分、迷いが生まれた

2回目の世界一周では、かなり余裕があった。

ホステルやドミトリー滞在ではなく
ホテル滞在を選べるように。

移動手段も選べるように。
「快適で速く移動できる方」を選ぶようになっていった。

でも、選択肢が増えた途端に、迷いが生まれた。

「快適な方を選ぶべきか、ローカルな体験を優先すべきか。」

1回目にはなかった問いが、毎回の判断についてくるようになった。

安宿にすれば、旅仲間と話せる。
でも快適なホテルなら、ゆっくり休める。
地元の食堂にすれば、リアルな生活に触れられる。
でも観光地のカフェなら、落ち着いて次の計画を立てられる。

どちらも間違いじゃない。
でも、どちらかを選ぶたびに、何かを手放している感覚があった。

お金をかけると、見える景色が変わる

旅を重ねて、確信したこと。
快適さを選ぶと、何かとの距離ができる。

高級ホテルから見る街と、安宿の屋上から見る街は、同じ場所でも全然違う景色。
観光地のレストランで食べる料理と
地元のおばちゃんが作る食堂の料理は同じ土地の食でも
ほとんど別物だった。

お金をかけることで得るものがある。
でも同時に、お金をかけることで失うものもある。

それを、2回目の旅で初めて実感した。

2回の旅が教えてくれたお金の哲学

1回目の旅は、お金がないから地元に入るしかなかった。
結果的に、濃い体験ができた。

2回目の旅は、お金があるから快適さを選べた。
でも、1回目の「濃さ」は薄れた。

この経験から気づいたのは、お金の使い方に正解はない、ということ。

でも「何を得たいか」によって、使い方を意識的に変える必要がある。

旅の濃さを求めるなら、あえて不便を選ぶ。
快適さや効率を求めるなら、お金をかける。
どちらも正解。
でも、両立は難しい。

「お金を使う」ことと「体験を深める」ことは、必ずしも比例しない。

旅を通じて、お金は手段であって目的ではない
ということを身をもって学んだ。

あなたは今、何のためにお金を使っていますか?

旅に限らず、日常でも同じことが言えると思う。

お金をかければ、確かに快適になる。
でも快適になった分、何かと距離ができていないか。

便利なサービスを使えば、時間が生まれる。
でもその時間で、何か大切なものを失っていないか。

「何を得たいか」を決めてから、お金を使う。
私はその選択肢を持っていたいから
出来る限りのお金を稼いで旅に出る。


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