高千穂の神話と祖母山 1,756m
神武天皇の祖母をまつる山
7月11日、涼しさが残る早朝に、最寄り駅(近鉄名古屋線)を出て、名古屋経由で新幹線熊本駅に11:16着。予約してあったレンタカーを走らせ。15時過ぎに祖母山の北谷登山口に到着。ザックを整え、靴ひもを締め直すと、森の中へ踏み出す一歩に気持ちがすっと切り替わります。
歩き始めると、しっとりとした土と苔むした岩、木の根が続く道が迎えてくれました。標高が上がるにつれ森の雰囲気は少しずつ変わり、木漏れ日が差し込むたびに濃い緑の中に光の帯が浮かび上がります。立ち止まって振り返ると、枝の間から遠くの山並みが顔を出し、自分がいま九州の大きな山塊の一部に入り込んでいることを実感しました。

不思議な風穴
途中、7合目にあたる1,400m地点の登山道上に「風穴」がありました。洞口は1〜2m四方ほどで、7月の暑い時分なのに暗い奥の方から「ひんやり」を通り越して「非常に冷たい」冷気が噴出しています。
後で調べると、奥行き20m、斜洞から始まり、横穴になると幅及び高さ25cm〜3mほど、1人ギリギリ這って通れるほどのポイントが数カ所あり、奥は、気温が真夏でも0度近くに保たれています。
祖母山の風穴は、崩れた岩が斜面に積み重なってできた「岩のすき間」が複雑につながった場所で、冬から春にかけて、雪解け水が上から降り込んだ冷たい空気で岩の間の空間で凍りつき、氷の塊や地下氷ができて、外の気温が上がってもしばらく残る。そこで、夏になると外の暖かい空気よりも風穴内部の空気の方が重く冷たいので、下の穴から冷気が吹き出すのだそうです。
山頂が近づくと岩場の急登も現れ、息は上がりますが、汗を風がさらっていきます。最後のひと登りを終えた到着の瞬間、山頂は一面の霧に包まれていました。足元からすっと空へ抜けていくような、不思議な高度感だけが体に伝わってきます。

山頂の石の祠
思ったより広くはない山頂の真ん中に、小さな石の祠が二つ、並んで静かに鎮座。人の気配もほとんどなく、白い霧の中で祠だけがはっきりと浮かび上がり、山に迎え入れられたような気持ちになり、ここまでの道のりと、このタイミングで山に入れたことへの感謝の気持ちが自然と湧いてきました。
山頂で腰を下ろし、行動食をかじりながら、風の音と鳥の声だけが聞こえる静かな時間をしばらく味わいます。下山では、登りでは見落としていた草花や樹木の表情に目を向けながら、一歩ずつ足を運びました。谷から吹き上げてくるひんやりとした風や、苔の絨毯の柔らかさに癒やされつつ、無事に登山口へ戻ったときには、程よい疲れと満足感が全身を包み込んでいました。

神社と渓谷の高千穂
そのあと車で高千穂の町へ向かいます。山あいの道をたどり、車窓から先ほどまでいた祖母山の稜線を振り返ると、あの頂に立っていたことが少し不思議な感覚にもなりました。
夕方、高千穂の町に到着しました。山あいの集落に夕暮れの色が広がり、少しひんやりとした空気が一日の終わりを静かに知らせてくれます。宿にチェックインして荷物をほどくと、ようやくほっと一息つけました。
風呂で汗を流すと、ふくらはぎや太ももの張りがほどけていくのがわかります。湯上がりに地元この地域に息づく神話や夜神楽のことに思いをはせながら、窓の外に広がる静かな夜の景色を眺めていると、祖母山の余韻と、高千穂という土地の不思議な落ち着きが、じんわりと心に染みこんできます。そのまま心地よい疲れに身を任せて、高千穂の夜に眠りにつきました。
翌朝は、早めに目が覚めました。山の疲れは残っているものの、体の芯はすっきりとしていて、高千穂の朝の空気を吸い込みたくなります。宿を出て向かったのは高千穂神社でした。

高千穂で祖母山を感じる
境内に一歩足を踏み入れると、杉の大木が空高くそびえ、長い年月を重ねてきた土地の空気がすぐに伝わってきます。社殿に向かう参道は静かで、足音だけが砂利の上に小さく響きました。本殿の前で手を合わせると、祖母山での一日を無事に終えられたこと、こうして高千穂に立っていることへの感謝が自然と湧き上がってきます。
幹回りの太い杉の木を見上げると、神話の舞台として語り継がれてきたこの土地を、長い時間見守ってきた存在のようにも感じられました。旅の途中で立ち寄る神社というより、この一帯の山と人々そのもである「神話の里」に触れたような不思議な安心感がありました。
高千穂神社から足を伸ばし、高千穂峡へ向かいました。渓谷の遊歩道に降りていくにつれて、空気は次第にひんやりとしていき、川の水音がだんだんと大きくなります。

ただの渓谷ではないと感じる
切り立った柱状節理の岩壁が両側にそびえ、その間を淡い色の水が静かに流れていく風景は、実際に目にするとやはり圧倒されます。滝が白い筋となって落ちる様子を、遊歩道から見ると、7月の朝に心地よい涼しさを運んでくれました。
水面近くを進むボートの姿を眺めていると、渓谷のスケール感がよりはっきりと伝わってきます。阿蘇の噴火でできた溶岩の流れが長い時間をかけて浸食され、この独特の渓谷美になったと知ると、祖母山、高千穂の町、高千穂峡と、九州の山々と地形が一本の線でつながっていることを体で感じるような気がしました。
渓谷沿いの遊歩道をゆっくりと歩き、時々立ち止まって振り返りながら、深い緑と岩肌と水の色が織りなす風景を目に焼きつけました。山を歩いた翌朝に、この静かな渓谷を歩く時間は、体を休めながらも心を満たしてくれる、贅沢な「クールダウン」のようなひとときでした。

神武天皇の皇子をまつる神社
高千穂での朝の散策を終え、帰路の途中で草部吉見神社へ立ち寄りました。山あいの道から分かれて進んでいくと、やがて森に抱かれるようにして建つ神社が現れます。
鳥居をくぐると、社殿へ向かって石段を下っていく独特の「下り宮」の形が印象的で、足元に気をつけながらゆっくりと降りていきました。周囲を取り囲む木々は高く、境内に入ると外の世界とは温度も音も少し違って感じられます。
拝殿の前で手を合わせると、祖母山の稜線、高千穂神社の杉の森、高千穂峡の渓谷と、今回の旅で見てきた景色が一気に頭の中に浮かび上がりました。山と谷、神社と町、そのどれもが古くから人と自然の関わりの中で形づくられてきた場所なのだと思うと、自分の小さな旅も、その長い時間の流れの中にそっと置かれた一コマのように感じられます。鳥居を振り返り、「またこの山域に帰ってきたい」という思いを胸に刻みながら、車に乗り込み帰路につきました。
北谷登山口15:10―――風穴16:00 ――― 祖母山頂17:05/17:30 ―――北谷登山口19:00

