見出し画像

空をつなぐ軌跡

「そう。全部あなたのせい。だから、あなたはなにがあっても選手ライナーであり続けなくてはならない。飛べる限りずっと。ひとりで」

       ◇ ◆ ◇

 空中想画エアロ・フィギュアがはじまる。
 水の都ルーティオ、春の大祭。そのはじまりを彩るにふさわしい盛大なオープニング・セレモニーは、王立公園の一角に陣取った王立楽団の演奏とともに幕を開ける。
 壮麗な管弦楽にあわせて、東の空から小さな光が接近してくる。公園にひしめく観客たち、いや、街中の人々が空を見上げ、選手の入場を見守っていた。
 来賓席の一角に設けられた空画師エアロ・アークス用観測席。空画師が座るには上等すぎるような寝椅子の上で、わたしは十五人の同業者とともに空を見上げ、接近してくる選手を目で追っている。寝椅子に固定されたキャンバスを腹に抱えて、色鉛筆を握る姿は拘束具に捕らえられた罪人のようだ。
 きらり、と選手が光を放った。
 想画に入るという合図。精霊光によるサインだ。
 ほどなく身体にくくりつけた発色発煙筒カラースモークが、まず赤い煙を吹き出した。それに合わせて、選手は精霊光でサインを送る。
 空に一条の赤い軌跡が流れていく。
 完璧なスタート。飛行計画プログラムどおりのタイミングで、最初の色が空を彩っていく。たちまち周囲に立ち込める鉛筆の音。空画師たちが想画を写し取ろうと、鉛筆を動かしはじめたのだ。
 わたしはそれよりワンテンポ速く、キャンバスに鉛筆を走らせていた。プログラムを事前に知らされていたこともあるが、あの選手がそこからいささかも逸脱しないだろう、と思ったからだ。
 飛行の挙動を見ていれば、次の軌道は読める。それが思い込みやうぬぼれではないことは、四年間空画師を続けてきた経験からわかっていた。
 風の精霊の力を借りて自在に空を飛び、精霊光とカラースモークの軌跡で空に絵を描く。空中想画演技エアロ・フィギュア・ラインとは、そうした競技であり、儀式だった。
 この世界のあらゆるものは、精霊の影響を受ける。精霊の力で空に絵を描くことは、その地に精霊の加護をほどこすことにもなる。一般にそうした力の行使は魔法と呼ばれるが、想画は空に魔法陣を描くことに等しかった。
 そして、想画によって空に描かれた絵を紙の上に写し取るのが、空画師の仕事だった。わたしの仕事の名前でもある。
 空に見放されたわたしは、それでも空を見上げてそこに残る軌跡を追い続けている。

 かつて、わたしは空中想画演技の選手だった。
 七年前のことだ。当時の養成校のカリキュラムに満足せず、自主練と称して行っていた野良想画の最中に、わたしは空中失神に見舞われた。風の精霊への過度な同調が土の精霊の加護を引き離し、離れたことに戸惑った土の精霊たちがこぞってわたしをつなぎとめようとした結果の失神だった。限られた空間に、ひとつの精霊の力が集中しすぎたためだ、
 不幸中の幸いだったのは、風の精霊の加護が十分にあったため、墜落の衝撃を最小限に抑えられたことだった。足から落ちたことも、文字どおり命運を分けたらしかった。
 命に別状はない。ただし、二度と空を飛ぶことはできないだろう、というのが医者の見立てだった。こうも言い換えることができる。複雑な運動をすることは、今後難しいだろう。とくに、全身を駆使して飛ぶ空中想画演技などは。
 そうしてわたしは、空から見放されたのだった。
 療養中、暇つぶしにほかの選手候補生たちの空画を描いていたら、空画師になってはどうか、とすすめられた。行き先のなかったわたしは、すすめられるまままに、空画師になることを決めたのだった。快復後、養成校から離れる口実としても、それは十分だった。
 二年の修業を経て、空画師として歩きはじめたわたしは、各地を転々として過ごした。
 わたしにはどうやらそっちの才能があったらしい。選手の軌道を正確に予測し、想画とほぼ同時進行で空画を描くことができた。同時進行で描いた一番筆に続いて、空に残った想画をたどって描く二番筆と二枚描くことができたので、一度二枚を競売にかけられるのも強みだった。
 しかし、空画師の間では、一枚をより良い出来映えで仕上げるやり方が主流だったので、同業者からは嫌われることが多かった。
 わたしは経験の浅い、あまり人気のない選手の空画ばかり描いていることも同業者の反感を買う一因だったのかもしれない。ただ、単純にこれは需要と好みの問題だった。
 有名な選手は、おのずと描きたがる空画師が集まる。わたしが描かなくても誰かが描く。それに、熟練した選手ほど軌道が読みやすい。選手は事前に提出したプログラムに沿って飛ぶが、熟練者ほどプログラムと実際の軌道の間に差異が少ない。いっぽう、未熟な選手はプログラム通りに飛べないことが多い。だからこそ、予定調和ではない空画になることが、読めない軌道を読むことが楽しかった。
 それに、多少雑でも一度の想画で二枚の空画を描くことができれば、こちらの手札は増える。片方を競売にかけて稼ぎ、もう片方を選手や関係者に格安で譲る、なんて芸当もできた。未熟な選手であるなら、フィードバックは多いほうがいいからだ。
 とはいえ、そんなことをやっていると、同業者にはあまりいい顔をされない。ときには「手抜きの二枚を上げて荒稼ぎし、空画師の品性を貶めている」なんて言いがかりをつけられたこともある。どっちもわたしにとっては、本気の空画なのに。ただ、ひとよりも少し手を早く動かせるだけの話だ。それも単純に筆が速いわけではなく、次の軌道がわかるから手を早く着けられるからだ。
 そんなことをしながら、空画師を続けて四年が経ち、わたしは十六歳の少女から二十歳の娘になっていた。各地を転々とした末に、北の地方都市ノルティエに落ち着いた頃だった。
 王室から使者が来た。
 いわく「水の都ルーティオで行われる春の大祭で、オープニング・セレモニーをつとめるティシケの空画を描いて欲しい」とのことだった。使者は「このような片田舎でも聞き及んでおりましょう。孤高の天才、ティシケのことは」などと余計なひと言を付け加えた。
 思うところはあったが、受けることにした。報酬もよかったからだ。
 説明されるまでもなく、ティシケのことはよく知っていた。ただし、昔の、泣き虫で、怖がりで、寂しがり屋で、甘えたがりで、根性なしで、バカみたいに素直で、そのくせ負けず嫌いの、あの日あのとき十三歳だったティシケだが。
 孤高の天才。いまはそんな二つ名で呼ばれていることも知っていた。
 三年前に行われた王立空中想画演技大会を十七歳の若さで優勝を飾って以来、主要な大会を総なめにした少女。その功績から王室専属選手の指名を受けるが、それも含めて数々の誘いを断って、フリーの立場を貫いている。
 規模や賞金などに関係なく、あちこちの大会に出場しているため、権威におもねらない選手と見られるようになり、そうした点からも孤高と目されている、という。
 王国大会は三年に一度。ティシケは今年の大会も優勝するだろう、と期待を集めている。
 世間の評判はそんなところなのだそうだ。使者がご親切に教えてくれた。
 優勝した大会から三年、あれから七年、ティシケも二十歳になっているはずだ。
 わたしが一所に落ち着かず、あちこちを転々としていたのは、ティシケの想画を見ないためでもあった。あの日、あのとき、ティシケをひとりにしたのはわたしなのだから、わたしもまたひとりでいなくてはならない。落ちることのない安全な地上から、その姿をながめるなんてことはできるはずがなかった。
 でも、そろそろいのかもしれない。そろそろティシケの想画と向き合うべきなのかもしれない。依頼を受けて、ルーティオに帰ったのはそういう理由もあった。
 空画師用の観測席に入る前、懇意にしている競売人から声をかけられた。あいかわらずの野太いだみ声で「いつもどおり二枚、仕上げてくれないか」と頼まれた。さらに「あんたはそれをできる天才だ」と付け加えてきた。善処するよ、とだけわたしは答えた。王室からの依頼は、一枚だったからだ。それに、いまのティシケには一介の空画師からのフィードバックなんて必要ないだろうから。

 そうして想画がはじまった。王立楽団の壮麗な演奏とともに、ティシケが精霊光とカラースモークを引いて、空に想画を描いていく。プログラムに忠実だが、合間合間に入れるスピンやターンが速い。同業者たちは早々に同時進行を諦め、予備のスケッチブックを取り出して、観測に徹しはじめる。
 わたしは描き続けた。確かに速い。だが、ティシケの想画は基本に忠実だった。それゆえ軌道が読みやすい。これまで描いてきたつまらない空画のいちまいになりそうだった。
 線を引くとき、わたしは思考を放棄している。目が読んだとおり、手を動かすようにしている。だからか、その異変に気づくのが遅れた。
 最初のどよめきは同業者の間から上がった。
 ティシケは入場進行の軌道から、大きく左に逸れて王立公園の上に円を描いた。それだけならプログラム通りなのだが、あろうことかその円は大きく左にずれていた。わたしは手を動かし続ける。それも、右側にもうひとつ、同じ大きさの円が入りそうなほどだった。
 続いて、サイクロンの軌道に入る。わたしは手を動かし続ける。これもマージンが異様に広い。軌道と軌道のすきまが大きく開いた間の抜けたサイクロンだった。わたしは手を動かし続ける。次の軌道に入る直前、ティシケは火の精霊をあやつって火花を飛ばした。わたしは手を動かし続ける。同業者の間から「こんなときでもファンサービスかよ!」という声が上がる。
 そして描かれるバーチカルトルネード。螺旋を描いて上昇する。わたしは手を動かし続ける。事前に聞いていたティシケの想画は、消耗がはげしくなることを承知で細かい演出を入れる、というものだった。それがこれだろう。
 だが、わたしにはわかっていた。わたしは手を動かし続ける。サービスなんかじゃない。あれは編隊飛行のサイン。相方ペアへの合図だ。わたしは手を動かし続ける。だとすれば、次に来るのはフォールオブフォール。わたしは手を動かし続ける。トルネードの頂点から宙返りして、真っ逆さまに降下する。それも、やけに左側に寄っている。わたしは手を動かし続ける。まるで、反対側にもう一人飛んでいるかのように。
 わたしは手を動かし続け、それをあまさず描いた。描きながら知らず、言葉が心の中にあふれていた。ティシケ。あなたは孤高の天才なんかじゃない。あなたは結局、一人で飛ぶことができなかった寂しがり屋だ。そんな弱さをこんな大舞台で出すなんて。いもしない相手の存在を夢想して飛ぶしかなかった、できもしないことをしようとしている半人前だ。
 そうなのだ。仮にもう一人が空にいたとしても、二人での想画は実現しない。二人以上の近接した空中想画は、選手それぞれにほどこされた精霊の加護が干渉してしまい、バランスを保てなくなってしまうからだ。七年前の事故を引き起こしたもうひとつの原因でもあった。
 演奏が終わり、想画が終わる。
 ティシケは地上に向けて一礼を送ると、プログラムどおりの完璧なループターンを描き、西の空へ去っていった。
 わたしはそこで手を止めた。
 できあがった想画を見て、わたしは思わず苦笑する。なってないのはわたしもそうだ。目の前にある空画は、空に描かれた想画とは異なっていた。わたしは知らず知らずに、ティシケの軌道の隣にわたしの軌道を描いてしまっていたのだ。
 なんて、不様なのだろう。
 それでも、不思議と達成感が心の奥からこみ上げてきた。
 ティシケの声が聞こえた気がした。

       ◇ ◆ ◇

「わかった。忘れない、やめない。私は飛びつづけるよ。だから見ていて。私も空から見ているから。私はここにいるって言い続けるから」

いいなと思ったら応援しよう!

蒼桐大紀 ご支援よろしくお願いします。