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写真映えNo thank you!グランプリin my写真ホルダー!初夏

写真が下手です。

と、言うと「そんな事ないよ?」って言う人が多いです。

でもタイトルを見てください、私は下手な自分を自慢してます。
空気の前に文字を読む事も大切です。

撮るコツ的なセールスもNo thank you.
撮り方のコツなんか調べればいくらでも知れるのに知らず、学ばず、出来ない自分を自慢する。

見栄っ張りで自分語りばかりの世の中に一石投じる、有りのままの下手さを楽しむ、それが!
写真映えNo thank you!グランプリin my写真ホルダー!

プレッシャーゼロの下手を楽しもう!!2026初夏!

以下、エントリー作品です。


メイソンジャー、上から撮るか下から撮るか。

おしゃれなものが写真映えする保証はどこにもない。

前に下から撮ってみたらテーブルの縁越しのメイソンジャーの縁しか写らなかたので、上から撮ってしました。
嘘です、ひよって斜め上にしました。
結果、後悔しか残りませんでした。
真横から撮るのが正解なのか?と思った3日後、写真を撮るのがバリバリ最強ハチャメチャぶっちぎりに上手いバスケットマンの大貴さんが、同じ店に来店してホットコーヒーをあえて真上からオシャレに撮って大成功してました。

シュートは少し手前を狙い、コーヒーは真上から狙う。
額にタトゥーして毎朝の身だしなみの一環に入れて肝に銘じ、一度店主に土下座したい。


ピントにピンときたことがありません。

なみさんはミックスジュースとプリンが大好き。

手前に映り込んだ木の枝にピントをとられて被写体がボケてしまった写真に『ピント泥棒!』と書いている投稿を見ます。
でも本物の下手は、技術も構図も何にも盗まれる恐れがなさすぎてピントが平和ボケします。

これは、今!というピントにピンとこず、焦ってシャッターを切った写真ではありません。
ピントがあっていないのではなく、世界のみんながやさしく願う平和の象徴なのです。


魅惑の三角ゾーン。

隙しかないのに隙間がない。

ミニスカートを履いて座った人の足の隙間、その深淵は見えるか見えないか、もはや見えなくてもスリルだけで楽しめる魅惑の三角ゾーン。
男性に限ったことでなく、女子であっても悪気無く見てしまいます。
この場合、手前の御御足よりも奥に見え隠れする御本尊が気になる隙間産業。
だがしかしその場合は、紳士的にこそっとお伝えしてあげるか、さりげなく鞄で隠したり、ヒーローのマントのように上着を翻して優しく膝にかけてあげるべき瞬間。

何が言いたいのかって?

これ、なんの隙間を狙ったんだろうな?っていう疑問と、これでシャッターを切るゴーサインを出したあの日の自分の判断力に優しく上着をかけてあげたい。


ここもちゃんとインドです。

南インドのケララにて

ただでカレーが食えると聞いて、取り急ぎインドに赴いた時の思い出の一枚。
日本の友人に「今すぐインドっぽい写真送って!」と言われてこれを送ったら「思ってたのとちゃう」と返されました。
あなたの思うインドをまず教えてください、これがその時私がジャストミートしていた一番ホットなインドです。

ちなみにこれは宿泊先のガラス張りのシャワーブースで、この後、シャワーを浴びつつ最小限にした衣類のパンツを洗っていたらこの割れ目に吸い込まれて一枚行方不明になりました。
勇敢な私のパンツは今もインドの割れ目のどこか奥深くを旅していることでしょう。


ところで、あなたは誰ですか?

一見、ヨガマスターにも見えるが、庭の掃除をしてくれる人でした。

インド滞在中、急に知らないおじさんにお呼ばれて家に行くと、宗教画の個展をしていました。
ヒンドゥー、イスラム、カトリック、ブッダ、色んな宗教の人が一緒に暮らす国インドの宗教画は実に多彩です。
間に英語通訳をはさんで色んな神様や伝道師の絵を見ていると、一枚の堂々たる人物画の前で家主が止まりました。
一呼吸おき「写真撮っていいよ」と勧められ言われるがままパシャリ。

そして一言。

「これ、わし」

いやまぁ、そうやろけど、急になんでやねん。


下乳ショットをねらったわけではありません、身長差です。

ロビンマスク

私は豊満な大胸筋が大好きな変態ですが、おっぱいを好みのアングルで隠し撮りしようと下心を出したわけではありません。
大好きな漫画『キン肉マン』のロビンマスクが何かのイベントでいたから写真を撮ろうとしたら、身長差でただこうなっただけで、下乳…いやあの、ロビンの大きな南半球を中心に下からなめるようなアングルになっただけであってね。

本当です。
本当ですけど、すいませんでした。


おい、ナッパ!!

私の大切なフィギアのハゲ率の高さ。

フィギア集めにこっていた時、ブログに載せるために撮ったであろう一枚です。
ガラスケースに自分が映り込むのを避けるには、部屋の照明を落としてフラッシュをたくと映り込みなく綺麗に撮れると聞き、素直に実行。

結果、ナッパの頭が光りました。
でも照明をつけてフラッシュ無しにすると、無防備な私が写りこんでしまいます。

ナッパが光るか、私が写るか。
卵が先か鶏が先か。
西から登ったお日様は東に沈むのか。
俺がお前でお前が俺で、ナッパの頭が眩しくて。

あぁ無情。


おい、ナッパ!!②

ハゲ率100%

先の写真の研究の成果です。
他の写真はクズが撮ったゴミなのに、ナッパを撮らせたら右に出るものがいなくなりました。

あぁ、無情。


上手くなりたいなぁと思って写真の撮り方やアングルの下調べや予習はするけど、結局じゃじゃ馬な写真になる。
でも、食べ物は綺麗に写すことより、温かいうちに美味しく食べるのが一番だし、撮った写真なんてSNSにあげる時しか見返さない。

綺麗な写真は数あれど「わ、これいい写真だな」と思わず表情を崩す写真は、最高の構図より、最高の一瞬の偶然のシャッター。
だけど、写真に残すよりなんでこの最高の瞬間を肉眼で見てあげなかったのだろう?と思ってしまう。
反面、あなたのその一瞬の判断と少しの損のおかげで私はこの写真に顔を綻ばせたのだけれどと脳内が矛盾する。

最近思うのは、何か感情が揺さぶられた瞬間に一番に思い出すのは、たった一枚の写真より肉眼で見た景色の方が多い。
写真というのは記憶するきっかけにしかならず、残そうと思う根本の景色や瞬間の出来事にはかなわない。

眠ったり、いい景色を見たり、それこそ亡くなる今際の際に「あいつバカだったな」と人の記憶に残って思わず表情を崩させる、誰かのいい死に顔を作ってあげれるそんな人畜無害な筋肉の変態で私はありたい。


第一回目はこちらです。

#なんのはなしですか
#賑やかし帯

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