見出し画像

突然、下ネタになる言葉

私が調剤併設の都市型ドラッグストアに勤めていた頃に来店した少女は、ある特殊な事情を抱えていた。

客足が減る午前診〜午後診の間の静かな時間帯に私が売り場にしゃがんでストッカーを開けて発注業務をしていると、1人の少女が立ち止まり、在庫を確認する私の隣で真似をして、売り場の薬の箱を「いち、に」と声を出して数え始めた。

少し離れた介護用品売り場で、数分前に一緒に入店してきた母親らしき女性が熟練パートさんと真剣な面持ちで介護おむつの話をしている。
少女は家族の視界に入る範囲にいるし悪さをする様子もない、ただ数えることを楽しんでいたのでそのまま子守りがてら好きにさせることにした。

「いち、にぃ…」

この年齢特有の舌足らずな発音で、覚えたての数字を読み上げる声がなんとも可愛らしい。
高い声が店内によく響いて、レジ係の学生アルバイトもニッコリの、なんとも和やかな雰囲気になった時。

「たん、ちん、こー、ろく…」

今、さりげなく男性の下半身がよぎったような?

拭いきれない違和感を抱え、少女と視線を合わせると「10までかぞえれるんよ」ポークビッツみたいな指で得意げにピースしてくれた。
「そうなん。10数えられるんや、えらいね」
「うん!…いち、にぃ、たん、ちん、こー、ろく、ちち、はち、くぅ、じゅう!」

はっきり“ちんこ“言うたな。“ちち“も出たな。

聞き捨てならないパワーワードがしっかり混ざっているが、数をよんでいるだけといえばそうではある。
ツッコむべきか悩む私の隣で、気を良くした少女の声がさらに大きくなる。

「いち、にぃ、たん、ちん、こー!!」「すいません!!!」

突然割って入ったご母親が一陣の風になり、少女を抱き上げ私に頭を下げた。

「うちの子、途中から数字が下ネタになるんです!!」

人生で初めて聞くタイプの謝罪。

前代未聞の母親の語彙力に圧倒された私は「そうみたいですね」と無難に同意でやり過ごすことしか出来なかった。

よく話を聞いてみると、少女は舌足らずな話し方が災いし「さしすせそ」と「たちつてと」の発音が混ざってしまったそうだ。

3の「たん」はまだ可愛いし無害だから良しとして。
4に関しては先に「いち、に、さん、し」の数え方を覚えたが「よん」とも読むことを知ると、そっちを使いたがるようになった。
その2つが悪ノリのように混ざり「ちん」になり、なぜか5が「こー」に変換。
これに関してはご家族曰く、なんとなく聞き覚えのある単語の「ちんこ」のリズムに乗せてしまったと思われる(出発しんこー!など諸説あり)

さらに関西では数字の7を「なな」でなく「しち」か、「し」が訛った「ひち」と発音することが多く、それが災いして「ちち」に変換、今に至る。

「小学校に上がる前にどうにかしたい」と母親は嘆いていたが、少女は周りが笑うから悪ノリしているようでも、下ネタを嫌がる人を楽しんで言っている素振りもない。

母親になっていない私はに親心の共感は難しいが、子供だった経験はある。

TPOは大切だけど、全ての人間が不快に思わない言葉なんか存在しないし、このくらい歳の恥もかき捨てだと寛容に笑ってあげてほしいと思う。


この件があった何年後かに、私はJR阪和線・和歌山方面行きの各駅停車に乗っていた。
母の実家の最寄り駅に用があり、普段使わない駅で降り過ごさないよう用心してイヤホンから流れる音楽を止めると、ちょうどよく車内放送が流れ始めた。

「ご乗車ありがとうございます」

聞きながら一応、車内にある案内表示器を見たら下車する予定の駅名がLEDランプでオレンジに光りながら流れていて、安心した瞬間。

「次止まります駅は〜、ちんげ〜ちんげ〜です」

今、さりげなく男性の下半身がよぎったような?

行儀良く真面目なフリに疲れた私の下品な聞き間違いだろうか?

イヤホンを片方外すと、数人の男性客が肩を震わせて笑いを堪えていて、向かいの女性も口元がヒクついている。

すぐに乗務員の咳払いが聞こえて「ンンッ、…失礼いたしました。次は新家しんげ〜新家です、お降りのお客様は…」と謝罪と訂正が入った。

男子高校生が「俺もいつも脳内変換してる」と友達とふざけ合い、たまたま乗り合わせて目が合っただけの女性客同士が「間違う気持ち分かっちゃいますね」と、一言だけ交わして笑う。
駅に到着しても、まだ駅名表示を見てニヤニヤしている乗客もいる。

それまでの車内はみんなスマホに夢中で、うつむいている人のツムジばかり見えていたのに、今は笑顔や少し恥ずかしそうな顔も見れるし、こそこそと会話も聞こえる。
たった一本のちんげ放送で一気にざわついた車内は、ネイティブスマホ世代でない自分にはとても懐かしく、こんな間違いならまた出会いたいと思うほど私はこの駅が好きになった。


少女のお母さん、大人だって盛大にやらかしてます。
安心しろとは言えませんが、大丈夫ではあると思います。

一言の下ネタでこんなに和むこの世の中はまだまだ捨てたもんじゃないな。
私は1人で頷いて、ちんげで下車した。


#なんのはなしですか
#賑やかし帯

いいなと思ったら応援しよう!